カムイチェプ・プロジェクト研究会のねらい
平田剛士 カムイチェプ・プロジェクト研究会コーディネーター
わたしたち人類にとって、サケは自然界からのかけがえのない贈り物です。
なかでも北海道島を含む太平洋北西部沿岸の河川に繁殖地を持つサケ(学名 Oncorhynchus keta)は、カラフトマス(O. gorbuscha)やサクラマス(O. masou)とともに、広大な北太平洋海域とこれらの陸域を行き来しながら、各地で独特の生態系を形づくり、また有史以前から、そこに暮らす人々の生活を支えてきました。
先住民族アイヌは、河川を遡上するサケを「カムイチェプ」(神が与えてくれた魚)と敬意を込めて呼び、主食・素材・交易品・信仰対象などさまざまな形で利用しながら、19世紀半ばまで、各水系の個体群をそれぞれ高いレベルで保ち続けていました。
ところが1869年、日本国家によるアイヌモシㇼ(蝦夷地)領土化を契機にいわゆる北海道開拓が本格化すると、乱獲と河川環境破壊が急速に進みます。政府は「資源保護」を名目に、流域先住民の日々の主食を得るためのサケ漁まで厳禁しますが、「サケののぼる川」は次々に消えていきました。20世紀中盤以降は、ただ水揚げ増大だけを目指して、「もはやサケに自然繁殖は不要」といわんばかりの徹底的な人工孵化増殖政策が推進されます。アイヌを含む流域住民は、「共生する生き物としてのサケ」からいっそう遠ざけられました。
国際社会に目を移せば、この間、生物多様性条約(CBD、1993年)、先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP、2007年)、持続可能な開発のための2030アジェンダが提唱する「持続可能な開発目標」(SDGs、2015年)など、環境保全や人権保障に立脚する新しい規範や目標が生まれ、すでに多くの政府やNGO・企業などがそちらに舵を切り始めています。
いま、北海道で沿岸サケ漁業が不振をきわめるなか、人工孵化増殖に依存しない「野生魚」の再評価が進んでいます。サケの自由な往来を妨げていたダムのスリット化工事など環境復元が各地で試みられ、また先住民族アイヌにサケ漁の権利を保障するよう求める運動がかつてない盛り上がりを見せているのは、決して偶然ではありません。
繰り返しになりますが、わたしたち人類にとって、サケは自然界からのかけがえのない贈り物です。これからわたしたちが選び取るべき北海道の新しいサケ管理の姿をさがしにいきましょう。
『カムイチェプ読本』p2から転載、一部改変。2021/04/06
カムイチェプ・プロジェクト研究会は、「北海道の新しいサケ管理」の姿を見いだすべく、2020年4月にスタートした市民ネットワークです。NPO法人さっぽろ自由学校「遊」が主宰するオンラインセミナーの形式で、2022年2月まで計13回にわたって会合し、北海道をはじめ日本内外から延べ250人以上が参加して学び合い、議論を交わしました。2021年4月には、成果の一部をまとめた『カムイチェプ読本』を4000部発行して各地アイヌ団体や博物館施設、教育研究機関などにお届けしたところ、多方面からご高評をいただき、2022年3月までに在庫が尽きました。同年4月から、誤記などを修正した改訂PDF版を無料で公開しています。どうぞご利用ください。(平田剛士、2022/04/22記)
プロデューサー 小泉雅弘(NPO法人さっぽろ自由学校「遊」)
コーディネーター 平田剛士(フリーランス記者)