第6回 FSC認証とMSC認証における漁業権
2020年11月27日(金)18:30〜21:00
話題提供 西原智昭さん(星槎大学共生科学部特任教授)
前回研究会(10月23日)のディスカッションで、若月美緒子さんがコメントされた内容が、さきほど研究会の同報メールでシェアされて、「まさにこれだ」と思いました。
若月美緒子さん(10月23日のコメント)
突破口は、やっぱり「取り過ぎちゃダメだ」っていうことだし、自然産卵するサケをもっと川に上らせて、サケの種自体を地球規模で強くしていかなければいけなくて。北海道のサケっていうのを、そういう視点で見まもっていかなきゃいけないってことだと思うんですよね。その時、アイヌ民族、サケとともに生きてきた民族の智恵がすごく大事だってことが、ひとつあると思うんです。漁業者同士が目の前の漁獲量をお互いに奪い合ってお互いに倒れていく、という現状に口を挟むのは難しいという視点じゃなくて、この状況をどう考えるかっていう視点で、きちんとした提言をしていくことが、大事だなって。それが大義って言葉になるんじゃないかと思うんですよね。もうひとつは、いま小坂さんが言われたように、明治政府がアイヌからサケ資源を奪うために、どんどん法的なものを作っていったという経過を、糟谷さんが言われるように、全然、北海道の人間は知らない、漁業者も知らない。知らないけれど、奪ってきた既得権の上で漁業が成り立っているのは、これは間違っている、ということをきちんと言ってやる、言い切ることがもうひとつの大義だと思うんですよね。そういった視点で、「スタンダードな資源保護とは何か」「奪われた民族の権利をどうやったら回復できるのか」、この二つの視点から、しっかりした、持続可能な(サケ管理の)提言をするのが、このカムイチェㇷ゚・プロジェクトの大事なところじゃないかな、と思いました。
この「スタンダードな資源保護とは何か」「奪われた民族の権利をどうやったら回復できるのか」という観点を踏まえつつ、これから認証制度に基づいた資源管理についてお話ししたいと思います。
簡単に自己紹介をします。僕の出発点は人類学です。人類とは何か、起源と進化について追及する学問ですが、30年前、機会があってアフリカのど真ん中の熱帯林地域に調査に行きました。最初に手掛けたのは野生のゴリラです。ゴリラやチンパンジーは人類に最も近い野生動物です。その生態や行動を調べれば、人類の起源を知るヒントがあるかもしれない。それでゴリラの研究を始めたんです。
その手助けをしてくれたのが、地元の森を熟知している先住民族ピグミーでした。当時、彼らは森の中に住んでいましたが、それが僕と先住民族の最初の接点でした。その後、(開発の波が押し寄せて)森林自体がどんどんなくなり始めて、「どうやったら森林保全が可能なのか」「国立公園をどうやって管理すべきなのか」「先住民族の依拠してきた森がなくなったらどうなるのか」と、先住民族の問題にも関わるようになって現在に至っています。
僕が最近、最も関心を持っているのが「差別の常態化」の問題です。大きく3つの差別があると考えていて、1点目は「環境への差別」。意識的にせよ無意識的にせよ、「自然界は人間が利用すべきもの」といった考え方によって、自然界のものが過剰に使われているのではないか、という視点です。2点目は「文明人による社会的弱者差別」。社会的弱者の最たるものが先住民族だと思います。そして3番目が「現生の私たちによる未来世代への差別」。たとえば、いま生きている私たちが自然資源を使いすぎてしまったら、次の世代に大きな迷惑を掛けてしまうのは明らかです。これら環境・社会・未来に対する差別について僕は考えていて、これからお話しする内容は、このうち環境と社会に対する差別の問題に直接的に関わると思っています。
さて、みなさんも「エコ商品」とか「エシカル商品」とかいった言葉を見聞きされていると思います。スーパーに並んでいる商品の中から、いわゆる「エコマーク」つきの商品を率先して購入しましょうという運動があることもご存知でしょう。このエコマーク、日本で何種類くらいあると思われます? 正確な数は僕も知りませんが、数百種類と言われています。それだけたくさんあると「エコマークって本当に信頼できるの?」と逆に疑念が湧いてきますよね。エコマーク同士にも差異があって、どれを選ぶべきか、なかなか難しい状況です。僕自身の経験では、これからお話しするFSC認証とMSC認証のエコマークが、かなりトップクラスで信用できると思います。
認証制度をひとことで説明すると、環境経済・社会配慮型の資源開発、およびその製品・商品にお墨付きを与える仕組み、となります。経済活動ではあるのですが、経済優先ではなく、自然環境や人間社会にちゃんと配慮しましょう、自然・経済・人間社会の3つのバランスを取りましょう──というのが認証制度の根源の価値観です。このうち「社会配慮」で最も重視されるのが社会的弱者に対する配慮で、先住民族への配慮がうたわれている認証制度もありますし、「先住民族への配慮」を条件にしている制度は、その項目のない制度に比べて、わりと信頼できるといえます。開発現場から流通経路を経て最終商品にいたるまでの透明性、トレーサビリティ(問題が起きたときに遡及して原因を特定できること)が確保されているかどうかも重要です。
類似のエコマークがいっぱいある、と先ほど言いましたが、国際基準に達しているかどうかというのも、マークの信頼性を見極めるポイントだと思います。認証取得ずみの開発業者やメーカーに対しては、その後も基準を満たし続けているかどうか、第三者機関が定期的に審査して、もし基準に達していなければ認証を剥奪する、そういう厳しい制度になっているものが、信頼できると思います。
認証の対象となるのは、いわゆる自然資源──木材、農産物(パームオイルを含む)、衣料原料、魚資源(養殖も含む)といったものです。ただし、家畜や鉱物資源などについては、信頼に足る認証制度はまだ確立していません。きょうはこのうち木材と魚を対象にした認証制度をご紹介します。
FSC(Forest stewardship council)は森林に関する国際認証制度です。このFSCマーク、日本でもスーパーとかホームセンターとかの商品についている製品がありますので、こんど注意して見てみてください。もうひとつ、MSC(Marine stewardship council)は、水産業者に対して認証審査を行ない、合格すると、鮮魚や加工品など最終製品にこの「海のエコラベル」を張ることができます。名前が「Marine」で海の魚に重きを置いていますが、MSCジャパンに確認したところ、淡水魚でも野生の魚がちゃんと管理された状態で漁獲されていればMSC認証をとれる、とのことでした。日本での普及はまだまだですが、時々スーパーで見かけるようになってきています。
林業も漁業も、基本的に民間企業による活動ですが、当然ながらその地域・国の法令を遵守することが求められます。そのうえで、民間レベルで何かできないか、というコンセプトなんですね。法令遵守のうえでなら(やみくもに開発を推進するような)国策に必ずしも従わなくてもよいわけで、そのへんに少し希望があるのかな、と感じています。なお、FSC認証もMSC認証も、ある特定の樹種・魚種に限定して保護を求めるものではなく、林業や漁業(加工・流通を含む)担う事業者を認証の対象にしています。
FSCとMSCには、共通の三大原則があります。「持続性の担保」「生態系への影響の最小化」、そして労働者・地域住民といった「周辺社会への配慮」です。特にFSC認証では、もともとその森に依存してきた人たち=先住民への配慮が認証条件として明記されています。MSCのほうは、「漁業の有効な管理システム──持続可能な漁業管理、食糧供給を漁業に依存し、あるいは漁業で生計を立てている人々の権利を守るための明確な法や慣習を尊重、論争解決のための適切なメカニズム──」を準備しているかどうかが条件で、先住民に特化した条項はありませんけれど、先住民族に対する配慮は、この中に含まれてくると考えられます。
残念ながら、これらどちらの認証も、日本での認証実績はまだわずかです。北海道内でFSC認証林があるのは、平取町二風谷の三井物産所有林、下川町森林組合所有林、美幌町森林組合所有林の3カ所だけです。これらの認証林では、地元のアイヌの人たちとの事前交渉なしには事業を始めることができません。このうち二風谷では、三井物産と地元の平取アイヌ協会との間で、協定締結に向けた協議が行なわれています。また、ぎょれん(北海道漁業協同組合連合会)が以前、秋サケ定置網漁業についてMSC認証取得を目指したことがありました。しかし審査の途中で撤退したと聞いています。なぜうまくいかなかったのか、経緯をご存知の方がおられたら教えて下さい。
道内には、他にも国際認証林がありますが、その多くはPEFC(森林認証制度相互承認プログラム)に準拠するSGEC(主管:一般社団法人緑の循環認証会議)という枠組みの認証林です。「経済を回しながら自然環境や社会にも配慮します」とうたう国際認証(の日本版)ではあるんですが、こちらは先住民への配慮は弱くて、実質的にほとんど何の条件も課していません。
最高峰のFSCと、取得の簡単なPEFC林業区とでは、僕はアフリカで見てきましたが、レベルが全然違います。PEFC林は、乱伐こそありませんけれど、FSCが強調している森林生態系への配慮──野生動物の密猟対策強化など──が弱くて、木は残っているけれど野生動物がぜんぜんいない、という状態のPEFC林もありました。その森にもともと住んでいたピグミー集団への配慮もほとんどなされておらず、FSCとPEFCとどちらがしっかりしているかは明らかでした。
ではそのSFC認証林で、具体的にどんな先住民対策が可能なのか、コンゴ共和国の多国籍企業の先住民ピグミーへの配慮の実例をご紹介します。まず文化面では、農耕民──コンゴ共和国の支配民族──の学校とは別に、地元にピグミーのための学校がつくられ、認証企業の支援で子どもたちが無料で就学できるようになりました。支配民族と先住民の子どもの共学校では差別やいじめが起きがちです。学校を分けることでそれを回避し、独自の言語の継承にも役立っています。国内法の許す範囲で独自のカリキュラムを組むことも認められ、季節ごとに森林内で採集活動しながら年配の方から伝統知を学ぶ、といった機会の提供が確保されています。ハチミツや果実などの採集のほか、河川漁労も含まれます。毎年3カ月ほど続く乾期に、川の水量が減ったタイミングである場所に魚──主にナマズ類──を追い込んで捕る、というピグミーの伝統的な漁法があるんです。これは、FSC認証企業が河川漁業をサポートしている実例だと思います。また林内には狩猟区がゾーニングされ、ピグミーが生業目的で狩猟できるようになっています。このほか先住民の林業への積極的な雇用とか、伐採量に応じた生活支援、集落内での無償の水道設備など最小限のインフラ整備といった貢献がFSC認証の仕組みのもとで実施されています。もしここがSFC認証林でなければ、こうした先住民配慮はまったく実現していなかったと思います。
MSC認証を活用した先住民サポートの例は、僕自身がアフリカで経験することはなかったので、MSCジャパンに問い合わせたところ、米国アラスカ州アネット諸島のリザーブに暮らす先住民シムシャン(Tsimshian Indian)のコミュニティそのものが、2011年にサケ漁(ベニザケなど5種)のMSC認証を取得している、と紹介してくれました。
これを北海道に当てはめてみると、たとえば紋別アイヌ協会の畠山さんは漁業者ですが、まずアイヌ・コミュニティ自身によるMSC認証取得が考えられます。また仮に和人漁業者がMSC認証を取得した場合でも、その漁業区内や周辺に住んでいる先住民族アイヌとの交渉によって、何らかの形でアイヌのサケ漁業権を確保できるんじゃないかと思うんです。MSC認証は社会配慮を義務づけているので、日本の法令の許す範囲内で、アイヌに対する「配慮」はありえます。
最後に紹介するのは、ASC(Aquaculture Stewardship Council)認証、こちらは養殖漁業に対する認証制度です。日本国内ではまだ普及が浅く、先日、別のセミナーでASCジャパンの方の話を聞いたんですけど、北海道のサケ養殖事業者でこの認証取得した企業はまだありません、とのことでした。MSCと同様、この認証制度も事業者に環境や社会への配慮を求めていて、合わせて7つの原則を掲げています。先住民への配慮は明記されていませんが、当然含まれてくると思います。
ご紹介した国際認証制度は、完璧ではないにせよ、国策から離れて、民間レベルで問題解決の可能性を探れるんじゃないかと思います。北海道内のFSC認証林では、これから地元のアイヌと事業者がどんなふうに交渉するのか、行方が気になります。またPEFC認証林は増えていても、こちらは社会配慮の条件が甘いので、FSC認証への切り替えをぜひ推奨したいところです。北海道でサケ漁業のMSC認証は実現していませんけれど、先住民族のサケ漁業権確保につながる可能性はあると思います。