第4回 国際水準の資源管理法制をつくろう

2020年8月28日(金)18:30〜21:00

zoomミーティングシステムを介して開催しました。参加者23人。


話題提供 広瀬健一郎さん
「カナダにおける先住民族漁業権の保障」

ひろせ・けんいちろうさん 鹿児島純心女子大学


私は、先住民族の教育問題が専門なのですが──もう10年くらい前になるでしょうか、畠山(敏・紋別アイヌ協会会長)さんから「カナダの先住民族はどうやって先住権を回復してきたんだ?」と聞かれて、それに答えたり、畠山さんが(2019年9月に北海道内水面漁業調整規則違反などの疑いで)道庁の告発を受けてからは、畠山さんが孤立してしまわないようにという思いから、畠山さんの行動への支持表明をしたりする中で、「カナダの先住民族の漁業権はどうなっているんだ」と聞かれる機会が多くなって、今回、このカムイチェㇷ゚プロジェクトでも事例紹介をすることになりました。

専門に取り組んでいる先住民族の教育にしても、当然ながら先住民権と関わりを考える機会は多いものですから、特にカナダの先住民権についても勉強をしてきました。きょうは、(カナダの先住民族の権利に関する裁判を研究している)守谷(賢輔)さんもご参加くださっています。どうぞ後ほど補足、あるいは詳しいご説明をいただければと思います。

さて、カナダにおいて、先住民族(Aboriginal Peoples)の権利の法的な根拠は何なのか、何をもって先住民族に権利があると考えているのか。まず前提として踏まえておきたいのは、「1982年カナダ憲法」(Constitution Act, 1982)に、「先住民の権利」が「承認・確定される」という条文(第35条)がある、ということです。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障

文に「条約上の権利(Treaty Rights)」という言葉が出てきますが、ここでいう条約とは、たとえばどこかの土地の権利をめぐって、地元の先住民族自治体と国・州政府が合意して協定を結んでいる場合があるのですが、その「協定」を指します。

もうひとつ、私がとても大事だと思っているのが、いわゆるカルダー判決です。ニスガ民族のカルダー(Frank Arthur Calder)さんという人が、ニスガ・ネイション部族評議会(the Nisga'a Nation Tribal Council)とともに、ブリティッシュ・コロンビア(BC)州を相手に闘った行政訴訟で、最高裁判所が1973年に下した判決のことです。その判決文には、「インディアンの土地権原の起源」は「入植者が到来した時、インディアンがそこに存在し、インディアンの祖先が数世紀にわたって行なっていたように、社会の中で組織化され、土地を占有していたという事実にある」と書かれていました。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障


当時は、「1982年カナダ憲法」はまだ制定されておらず、法制上は先住民の権利は保障されていませんでしたが、このカルダー判決以降、国や州と協定(条約)を結んでいない地域の先住民族自治体も「自分たちの権利は消失しておらず現存している可能性がある」と考えるようになり、先住民の側にも、国や州の行政側にも、先住民族の土地権をめぐる議論が広がっていくきっかけになりました。

次に、先住民の漁業権をめぐる事件と判例を簡単にたどってみたいと思います。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障

広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障


これらをみても、カナダの先住民族の権利は、こうした具体的な事件を通じて中身が明確になってきたという面があると思います。これは紋別アイヌ協会の畠山さんが、「(日本の法律に従わずにサケを捕って)あえて自分が逮捕されることによって先住民族の権利の保障をめざす」とおっしゃっていたことと、非常に通じるものがあると感じています。

これらの裁判を通して明確になってきた「先住民権」の根拠を改めて並べてみると、こうなります。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障


先住民権がこうして明確化するにつれ、それに基づく漁業権の中身も次第に具体的になってきました。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障

スパロー事件の判決では、BC州最高裁判所は、「先住民権の対象を食糧の確保のみとするだけでなく、社会的な活動や儀礼等の活動に必要な魚の捕獲も含むべき」と判断し、カナダ最高裁判所もこれを支持しました。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障

同じ判決文にはまた、「漁業権は伝統的な財産権ではない。先住民族の漁業権は集団的権利であるとともに、文化と民族の存在を維持する権利である」「初期のムスキアム社会におけるバーター交易の実践は、商業目的の漁業に対する権利として、復興され得る」ともあります。

1982年カナダ憲法第35条1項には「現に存する先住民族の権利」という文言がありますが、「存する(the existing)」の語について、同判決は、「世代を超えた発展を認めるべく、柔軟に解釈されなければならない」として、先住民だからといって古来の伝統漁法にこだわる必要はない、という考え方を示しています。また「このような権利が原始的な単純さや活力におけるものというよりも、現代的な形態において承認されているものであること示唆している」という憲法解釈を下しました。

そのいっぽうで、スパロー事件の判決は、先住民権が消滅する場合の条件についても検討しています。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障

また2004年、ハイダ・ネイション(Haida people)とBC州が争った裁判の最高裁判決では、先住民権をめぐって「国は先住民と交渉する義務がある」との決定が出ました。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障

さて、こうして先住民権としての漁業権が次第に承認されてきたところで、具体的にどうやってそれを保障していくのかが次の問題になります。

ひとつは法律の制定や改正です。

たとえば、先住民族共同漁労ライセンス規則(Aboriginal Communal Fishing Licences Regulations)は、国と先住民族自治体が共同で漁業ライセンスを発行する、というしくみを定めたものです。またBC州は、内水面レクレーション漁労ライセンス(BC Recreational Freshwater Fishing Licence)という制度を設けて、BC州民でインディアン法で定義されるインディアンならだれでも州内の内水面で免許なしに釣りができる仕組みをつくっています。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障

もうひとつは、1982年カナダ憲法の条文にも出てましたが、先住民族自治体と州・国との間で協定(Treaty)を結ぶやり方です。当該の先住民族自治体にはこういう権利があります、ということを具体的に細かく詰めていくわけです。

ただ、これは合意に至るのはなかなか大変です。カナダの先住民族のバンド、自治体は560ほどあると思いますが、その中でこの協定の「最終合意」に至っているのは、現時点でほんのごくわずかです。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障

ここでは、ニスガ民族とBC州との間の事例をご紹介しましょう。第1段階の「大筋合意」に達するまでにすでにものすごい時間がかかっていますが、1991年に「大筋合意」に達した後、第2段階の「原則合意」を経て、第3段階の「最終合意」が結ばれたのは98年でした。その「最終合意」を実行するための法律を州政府・連邦政府が制定したのは、それぞれ1999年と2000年です。

こういう協定の中には、「最終合意」にいたって法律が制定されてもなお、実際には施行されていないものもあり、必ずしもうまくいっているものばかりとは言えません。しかし、先住民族自治体と州・連邦政府が協議をして合意したことを実行していくという枠組みは評価できると思います。

このニスガ条約(Nisga’a final Agreement 2013)では、漁業に関して、ニスガ漁業管理プログラムが策定されています。先住民がサケを自由に捕れるようにするというだけでなく、サケを含むさまざまな魚種の保全管理に関するプログラムが組み込まれています。魚類の保全管理体制を維持するために、ニスガ・ネイションの中に専門家を育てる教育的なプログラムまで含まれているのが、興味深いと思います。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障
広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障

ニスガ条約に基づいて捕獲したサケ──5種類のサーモンが対象です──に関するデータも毎年公表されています。


広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障

最後のスライドは、萱野茂さんのご著書『妻は借りもの アイヌ民族の心、いま』(北海道新聞社、1994年)からの引用です。


 

広瀬健一郎さん/カナダにおける先住民族漁業権の保障


萱野さんによれば、カナダのユーコン準州では、土地権原に関する「協定」を結ぶ以前から、先住民集団が食糧にするためのサケ捕獲は、認められていたようです。当時、ここではまだ、先住民族自治体と州・国との間の「最終合意」ができていなかったはずですが、地元の人は萱野さんに「カナダでは先住民族はアキアジを自由に捕れる」と話していますので、自家まかない用のサケの捕獲は、すでに認められていたんだと思います。

日本の水産資源保護法に基づく北海道内水面漁業調整規則も、アイヌによる文化伝承のためのサケの採捕は許可制で認めていますけれど、カナダの例を見ていると、その「文化」の核になるのは、サケを食糧とすることで成立する生活のことなのではないかと思います。サケを捕獲し、生活の自家まかないのためだけじゃなくて、(交易品・商品として)商業目的とするところまで含めて初めて「文化の継承」が可能になる、ということが、(カナダの)いろいろな文献に出てきます。(サケ捕獲の許可条件を)儀礼のための採捕に限定したままで文化の伝承が可能なのか……。私は商業目的とするところまで広げて考えるべきではないかと思っています。