第1回 アイヌ民族とサケをめぐる現状と課題を共有しよう

2020年4月24日(金)18:30〜21:15

zoomミーティングシステムを介して開催しました。参加者21人。


話題提供 平田剛士(研究会企画者、フリーランス記者)

みなさん、こんにちは。広島県出身・北海道滝川市在住の和人で、フリーライターの平田剛士と申します。このたびは、この公開研究会「カムイチェㇷ゚・プロジェクト」に企画段階から関わることができて、またその初会合でこうしてみなさまの前で一番初めにスピーチすることができて、とても光栄に思います。プロデューサーを務めてくだっている小泉雅弘さんをはじめとするNPOさっぽろ自由学校「遊」のみなさん、スポンサーのみなさん、そしてきょう、こうしてご参加くださったみなさまに、深く感謝を申し上げます。

本来なら、自由学校「遊」さんの教室で、みなさんと顔を合わせて、わいわい議論するのを楽しみにしていたのですが、新型コロナウィルス感染症のリスクを避けるために、このようなWEB会議システムを利用するスタイルになりました。正直なところ非常に戸惑っているのですが、おかげでオホーツクや上川、十勝や日高など、遠くの方もたくさんご参加くださっていますし、私も札幌までの電車賃が浮きました。どうぞくつろいでおつきあいいただければと思います。

初めに20分ほどちょうだいして、この公開研究会の狙いを、「アイヌ民族とサケをめぐる現状と課題を共有しよう」という本日のテーマをからめながら、できるだけ簡潔にお話しいたします。テレビと違って、せっかくの双方向のウェブ会議なので、途中でどんどん、口を挟んでくださったほうが、私も助かります。自動的に全部記録されていますので、交通整理してまとめ直す作業は、後からいくらでも可能です。


モベツ川事件のインパクト

さて、「アイヌ民族とサケをめぐる現状と課題」を象徴する事件が、去年9月1日に起きました。オホーツク紋別のモベツ川で、紋別アイヌ協会さんが、カムイチェㇷ゚ノミの朝、川に丸木舟を浮かべて、刺し網でサケやカラフトマスを捕獲なさったのですが、これが水産資源保護法違反・北海道内水面漁業調整規則違反だとして、北海道が警察に告発したのです。

KP_hirata

きょうご参加のみなさまの中には、当日、現場におられた方も大勢おられます。一部始終が当日や後日のテレビニュースやネットニュースで流れ、また新聞記事、雑誌の記事になりました。大勢のメディア関係者がその場にいたのです。いわば衆人環視の中での「密漁」という、言葉の意味を裏切るといいますか、矛盾に満ちた光景がそこに出現していたと思います。

その前夜、8月31日の夜に、紋別協会さんとさっぽろ自由学校「遊」さん共催の「ウコ・イタク(ともに語ろう)」という集会が開かれました。最初にスピーチされた畠山さんの声をちょっとお聞きください。

KP_hirata クリックで音声

「先住民族のアイヌがサケを捕るのに、なぜ知事に許しを請う必要があるのか?」というのが、畠山さんの問いかけです。私もこの会場にいたのですが、自分も「何か答えを示せ」と迫られていると感じました。それからもう半年以上が経ってしまいましたけれども、きょうのこの会合を思いつきましたのも、このことが大きなきっかけになっています。

きょう、関心を持ってお集まりくださったみなさまには、アイヌと和人、それからそのどちらでもない方とがいらっしゃいます。肩書きも、アイヌ協会所属のみなさん、サケの研究者さん、漁師さん、市民グループのリーダーさんたち、学芸員さん、法律家さん、高校や大学の教員さん、そしてジャーナリストさんたちと、多彩な顔ぶれです。どなたも組織の代表者とかではなく、いち個人としてのご参加ではありますが、みなさんのご経験や専門知識、「こうしたらいいんじゃない?」というアイディアやスケッチを持ち寄って、ひとつサケのことについて、これから社会に向けて新しい提案ができたら、というのが私たち主催者側のねらいです。


サケ漁をめぐるアイヌの権利をめぐるうごき(1980年代以降)

もちろん、口で言うほど簡単じゃないことは、重々承知しているつもりです。これをやり遂げるには、場合によったら、何らか法律の改正や制定を社会に求めることになろうかと思うのですけれど、実はこのようなことは、これまでも何度もトライされてきたことです。

たとえば今から30年以上前、1984年に社団法人北海道ウタリ協会が提案した「アイヌ民族に関する法律(案)」には、こんなふうに「漁業」の項目が立てられていました。

KP_hirata

アイヌ民族に関する法律(案)
昭和五十九年五月二十七日、社団法人北海道ウタリ協会総会において可決

前文
この法律は、日本国に固有の文化を持ったアイヌ民族が存在することを認め、日本国憲法のもとに民族の誇りが尊重され、民族の権利が保障されることを目的とする。

(略)
漁業
1 漁業権付与 漁業を営む者またはこれに従事する者については、現在漁業権の有無にかかわらず希望する者にはその権利を付与する。
2 生産基盤の整備および近代化 アイヌ民族の経営する漁業の生産基盤整備事業については、既存の法令にとらわれることなく実施する。
(略)

https://ainupolicy.jimdofree.com/知っておきたい/社団法人北海道ウタリ協会-アイヌ民族に関する法律-案-1984/

しかしこの法案は、ウタリ協会から北海道庁の審議会を経て日本政府へ送られる過程で骨抜きにされてしまいます。漁業条項は削除されました。

13年後の1997年4月、「アイヌ文化振興法案」と名前を変えて国会に提出された法案の審議で、参議院議員をお務めになった萱野茂さんがこんな質問をしておられます。

KP_hirata

〈今までパスポートを必要とする旅を22回、私はしました。行く先々で先住民族と称せられる人に会いましたが(略)主食を奪われた民族に会ったことはありません。〉

〈昭和5、6年のことです。私の父親がサケを密漁したといって、目の前で逮捕されて連れていかれました。〉

〈日本人が移住してからは、サケもとるな、木も切るな、シカもとるな、そんなことで生活する権利のすべてを私たちの先祖は私を含めて奪われたわけであります。〉

1997年4月4日、第140回国会参議院内閣委員会議事録から。国会会議録検索システム

この時、萱野議員はサケについて、「せめてアイヌ民族に、かつての主食ぐらい自由にとらせて、お祭りに必要な分はとらせる法律はできないものだろうか」とも質問されました。これに対して、政府の梶山静六官房長官は「全力を挙げてアイヌ文化の向上、維持のために努力をしてまいりたい」と答弁しています。しかし具体的な対応といえるのは、8年経った2005年、北海道が内水面漁業調整規則をちょっと改正して、サケの特別採捕の許可申請の資格条件として、「伝統的な儀式や漁法の伝承、知識の普及啓発」を加えたことくらいじゃないでしょうか。これは目くらまし、ゴマカシそのものだったと思います。

KP_hirata

北海道内水面漁業調整規則(昭和39年11月12日規則第133号)

このゴマカシはとても巧妙で、「書類を出せばアイヌは川でサケを捕れるようになった」とか、「サケの権利獲得の第一歩だ」とか、好意的に受け取った人が、アイヌ自身にも和人支援者にも多かったかもしれません。かくいう私自身、札幌豊平川などでアシリチェㇷ゚ノミを何度も取材していながら、このことの意味をあまり深く考えてきませんでした。紋別アイヌ協会さんも、毎年秋のカムイチェㇷ゚ノミはもう20回を数えるそうですが、数年前まではこの「トクサイ」の申請書を網走支庁に提出して、知事名義の許可証を受け取って、モベツ川でサケマスを〝合法的に〟捕獲していたそうです。


UNDRIP(先住民族の権利に関する国際連合宣言)の登場

KP_hirata

先住民族の権利に関する国際連合宣言 United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples
国連総会第61会期2007年9月13日採択

でも、2007年9月に、ニューヨークの国連総会で「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が採択されたのを大きなきっかけに、「先住民族の権利」のなかみがはっきり示されたうえ、その権利を保障する政策が各国で実現しだして、アイヌ社会、日本社会の雰囲気も変わってきたと思います。日本の政府や道庁のゴマカシに気付いて、畠山さんはここ数年、アイヌ政策検討市民会議などの市民グループと一緒に、内閣府や道庁水産課などと直接の交渉を重ねておられました。しかし、さっきの録音にもありましたが、行政との話し合いは平行線のまま、カムイチェㇷ゚ノミの前日を迎えます。そしてついに実力行使で問題提起を果たされたのが、去年のモベツ川事件だったと思います。

変化しているのはメディアも同じだと思います。たとえば、こちらは事件から3週間後の北海道新聞の社説です。「北海道がすべきなのは、告発ではなく、先住民族の権利回復に向けた議論を前進させることだ」と、明らかに紋別協会さんのサイドに立った主張を展開しているように思えます。

KP_hirata

北海道新聞 2019年9月22日社説「アイヌ民族 権利回復の議論を前へ」

そして先月のことですが、刑事告発を受けた紋別協会さんを支援しようと、貝澤さん萱野さん田澤さん宇梶さんOKIさんたちの「アイヌ(=ひと)の権利をめざす会」が、全国・全世界向けに署名活動を開始されました。ネットだけですでに1100人を越える賛同署名が集まっています。

KP_hirata

アイヌ(=ひと)の権利をめざす会/カムイチェㇷ゚=サケに対するアイヌの権利回復を!


サケとの理想的なつきあい方を探りたい

いま、非常にざっくり「現状と課題」をお話ししてみました。ほかにも、これまでの長い歴史経過、複雑な法体系、既存のサケ漁業者との利害関係、サケは国境を越えて移動しますから国際管理の視点も欠かせないでしょうし、もっと根本的に、サケという野生動物と人間のおつきあいはどうあるべきかといったことまで、目配りしておくべきことがらは、ほかにも非常に多岐にわたります。個人的な思い入れで恐縮ですけれども、もう30年ほどずっと生物多様性の取材と報道に携わってきたので、2020年代にさしかかったいま、先住民族のみなさんと一緒に、このサケという最高に魅力的な魚との理想的なつきあい方を探し当てたい、という夢もあります。

KP_hirata

「先住民族が、自分たちの川や海で自分たちの決めたとおりにサケを獲って暮らす」というイメージは、とてもシンプルです。けれど、それをたとえば、紋別協会さんのモベツ川や、浦幌協会さんの十勝川、萱野さん貝澤さんたちの沙流川、旭川の忠別川、田澤さんの故郷の稚咲内の海、白老のウヨロ川、日高の静内川、あるいは、1980年代にカムバックサーモン運動が起こり、アシㇼチェㇷ゚ノミが最初に復活して、いままた、市民レベルで野生サケの復元を目指す札幌ワイルドサーモンプロジェクトの取り組みが始まっている豊平川で、どうやったら実現できるか──。これから、みなさまとご一緒して、そこを追及していけたら、と願っています。

現時点で、「こうしたらイケるんじゃない?」という具体的な答案を、私や小泉さんが持ち合わせているわけではありません。無責任だと言われるかもしれませんが、みなさまのお知恵の結集を、非常に頼りにしています。


わたしたちの現在位置

長くなって恐縮なのですが、私からもう1点だけ、お話しさせてください。市川守弘弁護士が私のことを心配して、議論が拡散しないようにこれだけは最初に整理しておいたらと、わざわざ電話でアドバイスくださいました。

KP_hirata

これから相談を進めるわれわれが、ガイドブックがわりに使ったらよいと思うのは、こちら、さきほども触れました「先住民族の権利に関する国際連合宣言」です。アイヌや日本のNGOを含む国際社会が苦労の末に完成させた、21世紀の宝物のような文書です。日本政府は「国連宣言に法的拘束力はない」などといって、アイヌに対して、ここに書かれている権利をろくに保障しようとしていないわけですけれども、これからサケのことについていろいろ私たちが相談する時、当面、この宣言書と照らし合わせながら、具体的な目標を決めていったらどうかと思います。国連宣言に書いてあるぞ、と相手に迫ったら、武器にもなるでしょう。

市川さんが「最初にみんなで確認しとくべきでは」と助言くださったのは、国連宣言に書かれているうち、先住民族アイヌの権利を、日本国家がいまどこまで認めているかの境界線、現在位置についてです。そのうえで、これからわれわれが何を目指して議論すればいいのか、最初に目標を決めてください、とリクエストを受けました。

貝澤正さん・耕一さんと萱野茂さんが原告となって北海道・日本政府と闘われたいわゆる二風谷ダム裁判の、1997年3月の判決は、アイヌを先住民族と位置づけたうえ、「民族固有の文化を享有する権利」は日本国憲法13条によって保障されている、だから、その権利を踏みにじってダムを造った建設省は憲法違反、というものでした。その後、北海道内水面漁業調整規則のトクサイ資格に「伝統的な儀式や漁法の伝承、知識の普及啓発」が盛り込まれたのも、この「憲法による文化享有権の保障」に基づいた措置と考えられます。

KP_hirata

ところが、二風谷ダム訴訟判決の10年後に採択された国連宣言のほうは、もっとスケールが大きくて、先住民族に対して、国家政府は土地や資源の権利まで保障すべきだと、しっかり書いてあります。

国連宣言のもう一つの特徴は、市川さんからの受け売りですが、「個人の権利」と「集団の権利」を明確に分けているところです。宣言文の英語の原文をみて、主語が個人(indigenous indivisual)か、集団(indigenous peoples)かをチェックしてみると、どっちなのかを区別できます。ざっくり調べて書き出してみると、こんなふうになりました。字が細かくて、スマホのかた、申しわけありません。

KP_hirata クリックで拡大

二風谷ダム判決が扱った文化享有権と似た言葉は、赤色で示したように、国連宣言では11条12条13条あたりに書いてあり、「集団の権利」のグループに入っています。ただし、国連宣言より10年早い97年に出た二風谷ダム判決が、貝澤さんたち原告の文化享有権を「集団の権利」とみなしていたわけではない、というのが市川さんの解説です。二風谷ダム判決が根拠にした日本国憲法第13条には「すべて国民は、個人として尊重される」と書いてあって、あくまでも「個人の権利」についての条項だからです。ようするに、国連宣言の赤色の「文化的伝統と慣習の権利」などのうち、日本では現在、かろうじて個人レベルの部分の保障だけが実現しているに過ぎない、というわけです。

そして今のところ、日本政府は「権利主体となるべきアイヌ集団=コタンはもう存在しない」などといって「集団の権利」を認めていません。司法も、「国連宣言がいう、先住民族の集団としての権利を憲法が保障しているかどうか」の審査をしたことがありません。これが、私たちの現在位置です。

じゃあ、各地アイヌ協会など地元のアイヌ集団による地元の川でのサケの捕獲はどこに位置づけられるでしょうか。

滝川に住んでいる和人の私が決めることじゃない気もしますが、紋別協会の畠山会長は常々、「アイヌの若い漁師たちが自由にサケやクジラをとって暮らしていけるようなコミュニティを元紋別につくりたい」とおっしゃっていますし、先月の「めざす会」の記者会見で、宇梶静江さんも「生業/なりわい」にこだわって発言なさっていましたから、単に儀式とか漁法の伝承のための、個人レベルのサケ捕獲では満足いただけないでしょう。また浦幌アイヌ協会さんは明確に集団としての漁業権を主張しておられますよね。これらの権利は、国連宣言では23条から29条あたりに書いてあり、黄色で示しましたが、しっかり集団の権利のグループにあります。

KP_hirata

それで、これは提案ですが、モベツ川や十勝川、あるいはみなさまの地元のサケの川を念頭に置きつつ、この黄色い権利を、日本の国家や社会がアイヌ集団に保障することを目指す、というのをこの会合の目標にしたらどうか、と思うのですが、いかがでしょうか。

長くなりました。ひとまず私からのお話はここまでにします。