2008年度(社)砂防学会通常総会並びに研究発表会(2008年5月14日、札幌・かでる2.7)
テーマ別セッション「自然環境保全と地域再生」(話題提供・原稿)

「市民主導によるイトウの保護活動」

平田剛士(フリーランス記者)

 砂防学会員のみなさんの前に立って、自分がこうしてスピーチする機会を与えられるとは、5年前なら夢にも思わなかったでしょう。わたしはいわゆる自然環境破壊の問題を追いかけて報道してきました。日本列島各地をあちこち歩きますと、海も山もひどいのですが、特に川の状態がひどい。自然状態の川岸は失われ、コンクリートで固めた単なる水路になってしまっています。あるいはダムによってズタズタに寸断されてしまっています。人のめったに来そうにない山奥の渓流にさえ、ダムが連続しています。もちろん公共事業です。つまりこの国では合法的に環境破壊が進められてきたのです。

 おかげで、川で暮らしていた虫も魚も鳥も獣も生活の場を失って――きょうお話しするイトウはその代表格ですが――生物多様性がすっかり失われてしまいました。なんてことをしてくれたんだ!と怒りを込めて記事を書いてきたのですが、その矛先はいつもダム関係者さんたち――つまりみなさんのほうを向いていました。もっとも犬の遠吠えと同じで、それがみなさんの耳に届いていたかどうかは分かりません。

 でもここ北海道では、さしものダム業界も「幻の魚」イトウを無視することはできなかった。6年前、2002年12月のことです。道東の美しい湿原を流れる別寒辺牛川というイトウ生息地、しかもその重要な産卵場を直撃するように大きな砂防ダムが建設されてしまった、と報道すると、大きな反響がありました。イトウを守るためにダムは撤去せよという世論が盛り上がり、国会でも質問が出て、札幌防衛施設局は――現場は陸上自衛隊の演習場内だったのです――最初は「河川砂防技術基準」通りに造ったので問題ないと言っていたのが、数カ月後にはこのダム計画を再検証する第三者委員会を作らざるを得ませんでした。

 説明が遅れましたけど、イトウは日本列島で北海道だけに生息するサケ科の魚。体長1メートル以上になる大型魚です。釣り好きの憧れの的で、いまイトウ保護活動に携わっている多くは釣り人さんたちです。イトウは肉食性で、アフリカのサバンナで言えばライオンに当たる動物です。イトウの存在は生態系が健康である証拠ですし、イトウを保護しようと思ったら生態系を丸ごと保全する必要がある。イトウをシンボルにした保全活動は、だから最も高度で難しいと言えるでしょう。

 さて、別寒辺牛川に話を戻すと、何と言っても湿原の細流に巨大ダムです。明らかにオカシイのですが、第三者委員会の科学者さんたちはそれを改めてデータで裏付けました。この砂防ダムはこの川の土砂の流下を防ぐことができないと結論しました。新谷融委員長は「道民にとってイトウ生息地は神格化されたエリアだ」「ダムは改修して、いずれダムがダムに見えないようにする」と述べました。わたしは耳を疑いました。しかし当局はこの答申に従って、ダムを真っ二つにしました。最初の報道から4年経っていました。イトウ保全のためにダムにスリットが入ったのは、史上初めてのことです。

 この事件にはいろんな教訓がありましたが、ここではふたつ挙げたいと思います。ひとつは、役所がある地方で砂防ダム事業を進めたいと画策した場合、美しい湿原河川だろうと、絶滅危惧種のイトウの産卵地だろうと、かんたんに着工してしまいます。その根拠として、砂防学者さんたちが作成したマニュアル――河川砂防技術基準――が金科玉条のごとく活用されているということです。

 ふたつ目は、そんなふうにマニュアル通りに建設した砂防ダムが、よく調べてみたら全く砂防の役目を果たしていなかったということ。別寒辺牛川は湿原河川で、技術基準はそういう特殊な川のことは想定していないんだと、反論があるかもしれません。けれど実際にこんなふうに使われていることを、ぜひご認識いただきたいと思います。
 
【別寒辺牛川砂防ダム事件の教訓】
その1 役所は、美しい湿原河川だろうと、絶滅危惧種のイトウの産卵地だろうと、かんたんに着工してしまう。「河川砂防技術基準」はその根拠に活用されている。

その2 マニュアル通りに造ったにもかかわらず、全く機能を果たさないケースがある。

 イトウが絶滅の危機に瀕している理由はいくつもあるのですが、やはり地域個体群によって状況が異なります。例えば生息南限とされるニセコ地方の尻別川では、保全生物学者さんたちの綿密な生息調査の結果、「自然繁殖の痕跡がない」、つまり産卵環境の喪失が最大の原因だと特定されました。イトウは川の源流部で産卵し、孵化した稚魚は少しずつ下流に移動して成長を続け、成熟するとまた川を遡上して繁殖に加わるという生活史をもっています。その移動を妨げられると途端に繁殖に支障を来すわけで、彼らにとって最も困難な障害がダムです。

 尻別川は1960年代から急激に河川改修が進んだ川です。イトウは一気に数を減らしました。いま地元の「オビラメの会」という保護グループが復元に取り組んでいますけれど、川の移動障害をなくし、自然繁殖できる環境を再生することに全力を挙げています。

 とはいえ、いったいどんなふうにすれば障害をなくせるのか。答えはそう簡単には見つかりません。取っ払ってしまえ、というのは簡単ですが、それでは地域の合意が得られません。一般人立ち入り禁止の陸自演習場と違って、こちらは農業地帯を流れる大河川です。ダムの役割を認めつつ、イトウにも支障ない構造への改良を提案するしか道はないでしょう。

 じつは魚道を建造する際にも汎用のマニュアルがあります。しかしマニュアル通りに造ってイトウが遡上できるかどうかは分かりません。事例がないのです。魚道を造ることが目的ではありません。あくまで魚が通行できるかどうか。そこを見極めないと、湿原河川に砂防ダムを造るのと全く同じになってしまいます。

 あちこち実験的な事例を収集したりして、ある落差工に対して、オビラメの会は「切り下げ方式」を提案しました。管理者の北海道は、改良予算を組んでくれたものの、案の定、マニュアル通りの魚道デザインでいきたいと回答してきたので、それから1年あまり、協議が続きました。一つの成果がこの写真です。必ずしも満点ではないのですが、それは今後モニタリングを通して、次のダム改良にフィードバックできればいい。そんな判断をしています。

 別寒辺牛川のケースとも重なりますが、ここでも痛感するのはマニュアル主義の罪深さです。お手本通りに造るのは簡単かもしれません。けれどしばしば本質が見失われてしまう。本質とは、それぞれの川の固有の特長を見極めることです。その流れの多様性を認めること、と言い換えることもできるでしょう。そうして初めて、その地域のその川にふさわしい復元が可能になります。

 全国で川の個性を奪ったのは、まさにマニュアル主義の工事だったのです。それをいま、取り戻そうとするなら、まずマニュアル主義から脱却することが必要だと思います。
 
【まとめ】

その1 「マニュアル主義」の工事は、川の個性を台無しにしてしまう。

その2 川の自然環境を復元し、生物多様性を取り戻すには、まずマニュアル主義からの脱却が必要である。
 
 もちろん、こうした工事をこれまで全部、専門家任せにしてきた国民、住民の側も責任は免れないと思います。今後も市民の立場からこの問題について考えていきたいと思っています。

 ご静聴をありがとうございました。

(2008年5月14日にウェブサイトにアップしました)

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