監視社会を拒否する会主催「監視社会研究会」(2009年3月24日、上智大学四谷キャンパス2号館510)講演予稿
認証社会と監視社会
平田剛士 フリーランス記者
みなさん、こんばんは。フリーライターの平田剛士です。きょうは監視社会研究会にお招きいただき、ありがとうございます。
ちょうど一年ぐらい前から、『週刊金曜日』に「認証社会」というタイトルの記事の連載をしています。
「認証」というのは、いま目の前にいる相手がどこの誰だか、身元をしっかり確認する、ということです。それがどういう場面で必要かと言えば、まずはお商売です。レジで現金払いしてくれるお客のことは、認証なんてする必要ありません。その場で決済が終わるからです。
認証が必要なのは、ですから代金後払いの時。クレジットカードが良い例で、店員さんはカードがホンモノかどうか、残高が十分かどうかを信販会社に確かめ、カードの持ち主が本人かどうかをサインとか暗証番号で確認します。「後でちゃんと代金を支払えよ、あんたの身元はちゃーんと押さえたからな」と、口では言いませんけれど態度でそう言っている。これが認証です。
もうひとつ、認証が必要とされる場面があります。チャレンジ、つまり「おまえは誰か?」と誰何する時です。軍隊で、歩哨の第一の役目は警戒です。陣営に見知らぬ人物が近づいてきたら銃口を向けて制止し、身元を質すわけです。名前を言ってIDカードを見せるとか、そういうことをして怪しい者ではないと身の証を立てないと進めないわけですが、これが認証。特定のエリアに部外者を入れないために、ゲートのところで必要不可欠な手続きなのです。
商売にせよチャレンジにせよ、「認証」とはこのように本質的に緊張感をたたえた行為なのだと思います。
こうした認証のプロセスに、昨今の情報技術、いわゆるITが猛烈な勢いで注ぎ込まれている、ということはみなさんお気づきだと思います。その結果、認証という、本質的に緊張感あふれる行為が、どんどん市民の日常社会のなかに入ってくるようになった。このことに、何とはなしにブキミさというか、違和感を抱いた方も多いのではないでしょうか。そこで、このブキミさの正体に少しでも迫ることができたらオモシロイかもしれない、と思って、記事の執筆にかかりました。
最初は電子マネーに注目しました。代表はSuicaです。「誰何」にかけたダジャレじゃないですよね……。インターネットのウィキペディアによりますと〈Suicaの語源は"Super Urban Intelligent Card" の略称で、「スイスイ行けるICカード」の意味合いも持たせている。また、野菜の西瓜と語呂合わせをして親しみやすくしている〉(http://ja.wikipedia.org/wiki/Suica)とのことですが。
みなさんのお財布にも入っているのではないでしょうか。カードをかざすだけでゲートが開いて電車に乗れる。コンビニやスーパでものが買える。JR東日本のプレスリリースによりますと、Suicaの発行枚数はこの2月末で2754万枚だそうです。JR西日本はICOCA、JR北海道もKitacaというのを発行しています。
会社によって名前は違いますが、これらのカードは全部、同じ基本フォーマットで作られています。ソニーが開発した「フェリカ」というフォーマットです。外からは見えませんが、ツメの先ほどのICとアンテナが挟み込んであって、ちょっとしたネットワークコンピューターの働きをするのです。スーパーやコンビニエンスストアの電子マネーも同じフェリカ。改札機やレジと連動した「リーダーライター」と呼ばれる機械にこのカードをかざした瞬間、持ち主がだれかを「認証」し、続いて勘定が行なわれます。
その記録は残高だけでなく、日時と場所、商品名に、もちろん個人情報も一緒に、ワンセットでサーバーに記憶されます。管理者にとってこれほど高精度なマーケティングリサーチ法はありません。Suicaも同じで、乗り降りの記録が氏名・性・年齢・電話番号といった個人情報とワンセットで克明に記録されます。いったんデータを集めたら、あとはコンピューターの独壇場でしょう。年齢別・性別・時間帯別・地域別・商品別……、分類と抽出はお手の物です。
「成人識別たばこ自動販売機専用ICカード」、通称taspoはもっと露骨です。社団法人日本たばこ協会・全国たばこ販売協同組合連合会・日本自動販売機工業会という3つの業界団体が発行していますが、自販機でタバコを買うとき、このカードを差し込まないと機械が動きません。やはり持ち主を認証するのですが、非常にフクザツなことをやっています。こんどタバコの自販機をよくご覧になってみてください。てっぺんにアンテナが付いています。NTTのFOMAの周波数帯を使って、データセンターに常時接続されているそうです。カードが差し込まれるたびにデータ通信が始まって、認証と勘定の記録がセンターに記録される仕組みです。
愛煙家の人権はどうなっているの? と思いませんか。写真付きのカードなんて、まるで身分証です。おまけに購買記録が克明に残る。いま喫煙のリスクは細かに研究されていますから、このデータから余命の計算もできてしまう。本人だって知りたくない究極のプライバシーではないでしょうか。
電子マネーの利用記録は、後からインターネットを通じて自分でも確認できるようになっているので、家計簿代わりに便利に使いましょう、と指南する記事も見かけますけれど、よく考えると、これはかなりコワイ。自分の家の台所をお店に覗かれているようなものです。いま企業の合併吸収は日常茶飯事です。ある企業が蓄積したあなたの購買記録が、合併やら吸収やらによって、次にどうなるのか。だれにも分かりません。
いま、自分の個人情報が誰か第三者に知られてしまうことに、みんな異常なほど敏感になっています。もうだいぶ以前から、電話帳に住所・電話番号を載せない人がとても増えました。小学校の連絡網にさえ、番号を載せたくないという人も多いそうです。わたしにはそれは一種の過敏症に映るのですけれど、いっぽうで、電子マネーを使うことで、買い物の記録、移動の記録、健康の記録まで、管理企業に対して自ら克明に報告してしまっていることに対しては、人々はどうも鈍感過ぎる気がします。
ITによる認証シーンのうち、今度は「誰何」の場面を見てみましょう。
もっとも監視が厳しい場所はどこだろう? と思案して、刑務所を見学に行きました。場所は山口県の美祢市。一昨年、新しく建設された美祢社会復帰促進センターという施設です。日本初のPFI刑務所、としてご存じの方も多いと思います。PFIは「社会資本の整備を民間事業化する経済政策」という意味です。法務省と一緒に、セコム・竹中工務店・日立製作所・小学館プロダクションといった企業が運営に参画しています。民間と協働する手法によって、建設・運営のコストを8%ほど削減できたとのことでした。
キャッチフレーズは「開かれた刑務所」。しかし受刑者にはそういうわけにはいかず、1000人全員が電波発信器(タグ)を持たされて、四六時中、監視にさらされています。指紋認証とか振動センサー、ドア制御システムなどなど、まるでセキュリティ製品のショールームといった趣でした。
こうした監視のきつさは、刑務所ですから、まあ当たり前かもしれません。でも、無線タグによる見張りを取材して、なんだ、これと全く同じことがもっと身近なところでも行なわれているじゃないか、と思い当たりました。いくつかの自治体が、小学生のランドセルに無線タグを付けて、学校の玄関でタグが反応するたび、ネットワークカメラが写真を撮って保護者のケータイに画像を送る、というサービスを始めています。総務省による「地域児童見守りシステムモデル事業」の一環です。〈児童が犯罪に巻き込まれる悲惨な事件が後を絶たず、地域における児童の安全確保が喫緊の課題となっていることから、ICTを活用した「地域児童見守りシステムモデル事業」を実施し、安心・安全な地域社会の実現を目指す〉という内容です。
「監視」ではなく「見守り」。言葉って、チカラがありますよね。国家権力が受刑者にしているのと同じことをわが子にして、親は「安心」を得ているのです。
このサービスで安全確保が本当にできるのかどうか、科学的に効果を調べる必要があるのですが、これは簡単ではない。代わりに利用者アンケートが採られる。すると非常に高率で「安心感が高まった」という答えが返ってきます。何と言ってもタダですし、親にとっては確かに安心ですから。他にどこにセンサーを付けたら? という誘導(?)質問には「通学路にも」「児童公園にも」とリクエストが寄せられる。これで「事業は成功」です。
「子ども」の次は「お年寄り」がタグを持たされることでしょう。その次は「ハンディのある方たち」でしょうか? さらに「ホームレスの方々」……? これがコミュニティ内での相互監視社会化の扉を開くだろうことは、想像に難くありません。
職場ではどうでしょう。企業向けの防犯用品を開発・販売している会社を訪ねると、自社製品を自分たちの職場にフル装備して、デモンストレーションのために公開していました。重要部署ほどセキュリティーは厳重で、社員証認証、パスワード認証、顔認証、指紋認証、虹彩認証と、いろんなレベルの認証装置が使い分けられていました。これ、部外者を見張るだけではないんです。むしろ内部犯行を防ぐ仕掛けがそこかしこに張り巡らされています。
正社員相手でさえこれですから、経営者たちは派遣さんバイトさんのことなんてこれっぽっちも信頼していないのかも知れません。あるメーカーの静脈認証装置のデモを見に行ったときのことです。「水を使う職場など、指先の荒れた人の認証も確実にできる」というのがセールスポイントのひとつでした。いま「勤怠管理」といって、タイムレコーダー代わりに生体認証装置が活用されています。指紋押捺の強制は人権侵害の最たるものかと思っていましたが、それが職場で日常風景になってきています。
初めに「認証は緊張感あふれる行為」と述べましたが、相手がだれであるかをシビアに特定して対応することは、施政者にとっても重要です。たとえば徴税の場面では、正確に過不足無く、かつ公平に取り立てるのが理想ですが、現実には脱税者が後を絶たない。管理強化をいう声が大きくなるのは当然で、だから納税者番号制が熱望されているのです。取引の際に必ずこの番号を通知し合い、税務署もこの番号を用いて申告税額を確認する、という仕組みです。年金や健康保険や介護保険といった社会保障の分野でも、そうやって被保険者(国民)にコードをふり、保険料徴収を合理化しようと画策されています。ええい面倒だから全部同じコードにしちゃえ、だったら割り振り済みの住基コードを活用しよう、という動きもあるわけです。
そんな「統一」こそまだ完成してはいないものの、残念ながら国民のデジタル管理はもうとっくに実現しています。統一的なコードを振らなくても、部局間でそれぞれのコードを変換し合えば、事実上一人一人の完全な情報ファイルが作れます。かろうじてそれを阻んでいるのが役所同士の縦割りの壁である、というのは皮肉です。
性悪説の立場で国民を監視しようとするのは警察も同じです。自動車ナンバー自動読み取りシステム、通称Nシステムは早くも昭和時代に整備が始まって、いまもっとも普及している画像認証装置だと思いますけれど、その取材の過程で、高速道路上にはNシステムだけでなく、いろんな認証装置が注ぎ込まれていることに気づきました。
たとえば、いま車載器が品切れだというETC。国交省主導の電子マネーの一種ですが、やはり無線通信で認証と勘定、そして履歴の記録が行なわれる仕組みです。高速道路の料金所のみならずサービスエリアとか駐車場とか、あるいはトラックの出入り管理とか、同じ装置がいろいろな場所で利用されだしています。つまりETCは新しいタイプの道路インフラなのです。道路特定財源を使った料金割引と取付助成のサービス攻勢でとにかく装着率を高めて、道路側にも通信アンテナをどんどん作る。自動車業界にこんな手厚い公共事業はありません。と同時に、クルマ一台一台の旅行履歴はデジタル情報としてどんどんサーバーに蓄積されるいっぽうです。プライバシー度の高い情報だと思いますが、そうしたことを知らされないまま、ユーザーは目先の安さ・便利さに惑わされてしまっている気がします。
「一度コンピューターに入ったものは無限に再利用できる」。連載中に何度か引用したマイケル・ハートというアメリカ人の言葉です。彼は英文テキストの電子化を目指して一九七一年に始まった「グーテンベルク計画」の創始者です。電子マネーにせよ、e-Taxの申告書にせよ、デジタル認証を受けるたびにみなさんの情報はデジタル化されてサーバーに送られます。その情報は、所期の目的を果たした後、もしかしたら別の目的に使われるかも知れません。しかも、もしそうされたとしても、それを知る術は全くありません。IT認証社会が不気味な理由は、どうやらこのあたりにありそうです。
きょうのわたしの話題提供が、そんなことをみなさんにお考えいただけるような機会になれば嬉しいと思います。
ご静聴をありがとうございました。
(2009年3月28日にウェブサイトに掲載しました)
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