神奈川県立生命の星・地球博物館 講演会予稿 (2003年9月14日)

「どうしてアライグマを殺さなければいけないの?」

平田剛士(フリーランス記者)

 きょうは「どうしてアライグマを殺さなければいけないの?」というタイトルで、少しお話しさせていただくことになりました。このような機会を与えてくださった博物館のスタッフのみなさんと、きょうこうして集まっていただいたみなさんに、まずお礼申し上げます。

 この題名、ちょっと刺激的すぎたかなあ、とも思ったのですが、このチラシとかこの本の黒い表紙の方が過激でしたね。すでに博物館の特別展をご覧になったみなさんの中には、どうして殺さなければいけないのか、もう答えを見つけてらっしゃる人もいるんじゃないでしょうか。でもやっぱり、特別展を見た後でも、何で殺さないとダメなのか、釈然としない方もおられると思います。これからわたしがお話をして、疑問がいっそう膨らむかも知れません。そのときは、最後にみなさんにもご意見やご疑問を伺う時間を作りますので、いろいろ議論ができたらと思っています。

 わたしは北海道の滝川市というところから参りました。ことし、関東はずいぶん冷夏だったようですけど、北海道はまあいつも通りの涼しい夏だった、という印象です。8月20日に台風10号が上陸して、日高地方を中心に大きな被害が出たのですが、台風でこんな大きな被害が出たのはずいぶん久しぶりでした。ふつう、北海道は梅雨がなく、台風もあまりやってきません。

 日本全体と比べると気温はもちろん低いですし、私の住んでいる滝川市はとりわけ雪がたくさん降るのですが、だいたい11月半ばから4月ごろまで、根雪の状態です。気温もグッと冷え込んで、厳冬期は明け方にマイナス20度くらいまで下がることもふつうです。わたしは富山市出身なので、もう北海道に暮らして20年経ったんですけど、いまだにこういう北海道のすごい冷え込み、というのが何だかうれしいんです。家の窓の外側に、寒暖計を取りつけてありまして、朝起きてカーテンを開けて、「おお、今朝は23度いってるぞ」とか、北海道生まれの子どもたちは返事もしてくれないんですけど、毎朝一喜一憂したりしています。

 一昨年の暮れですが、沖縄に取材に行く機会がありました。朝一番の便に乗るのに前の晩に千歳空港に向かったんですが、これがものすごく冷え込んだ日で、やっぱり零下20度近くまで下がっていたと思います。でもダウンジャケットに長靴で沖縄に行くわけにもいかず、短靴を履いていったんですが、夜中に千歳駅前から近くのホテルまで凍った道を歩きながら、本気で行き倒れるんじゃないかと思いました。

 翌日、羽田経由で那覇空港に着いたら気温は20度を越していて、空港バスに冷房が入ってました。バスに乗って、沖縄島のやんばるの森の入り口にあたる名護という町に行きましたが、目指す市立図書館がちょっと小高いところにあって、歩いていったら着いたときにはTシャツ1枚でも汗だくです。ところが地元の人は「冬だねえ、きょうは肌寒いよね」って言ってるんです。セーターを着込んで。

 同じ日なのに北海道と沖縄では気温差が40度近くもある。これが日本列島の風土なんです。

 ところ変われば品変わると言いますが、これだけ環境が異なれば、生態系の様子も大きく異なります。生態系というのは、その地域にすんでいる生き物同士がいろんな関係性の中で生きている、そのネットワークのことです。地域によって生態系が大きく異なる。生態系に個性がある。この個性を大事にしていこう、というのが生物多様性の考え方です。

 ちょっと写真をご覧いただきましょうか。

 これはいま言った沖縄の名護から船に乗って少し沖に出て、沖縄島の辺野古という地域を振り返ったところです。せいぜい水深10メートルの浅い砂地の海がぐるっと島をとりまいていて、その外周部にリーフと呼ばれる暗礁があります。このリーフのおかげで、台風の大波が島を直撃することがありません。回廊のようなかたちで砂地の海も守れられて、その砂地にはウミクサという植物が生えています。

 そのウミクサしか食べない動物がこれ。ジュゴンです。このあたりの海の水温は12月末でも20度くらいあって、非常にあたたかい。北海道の海にはこの動物はすめません。温暖な海に適応しているのです。

 余談になりますが、沖縄のジュゴンは非常に数を減らしていて、まさに個体群が絶滅する寸前の状態です。ところがこのサンゴの海に、日本とアメリカの政府が軍隊の海上飛行場を造ろうとしています。日本自然保護協会やWWF(世界自然保護基金委員会)ジャパン、そしてもちろん地元のみなさんたちが非常に熱心にジュゴン保護のための活動を続けてらして、那覇防衛施設局がこの春から現地の辺野古のサンゴ礁でボーリング調査などを始めようとしているのですが、市民側がウミクサの分布調査などの結果を政府に突きつけて、それを何とか食い止めている、という状態です。軍事空港建設には世界情勢ももちろん絡んでいるわけですが、戦争が自然環境を破壊する最大の要因であることは間違いありません。戦争をやめるさせること、戦争の準備をストップさせることは、環境保護のためにもとても必要なことだと思っています。

 さて、生物多様性のお話に戻りましょう。北海道の代表的な大型哺乳類といえば、このエゾシカがいます。オホーツク海側に近い西興部村というところで撮影したものですが、雄のアダルト、つまり大人で、体重は100キロは完全に超えていると思います。シカは角があるのが雄ですよ。

 これはハンティングで仕留めたエゾシカを解体しているところです。北海道ではエゾシカのワイルドライフマネジメント、保護管理というふうによばれますが、それが進められていて、増えすぎないように殺しすぎないように、最善の注意を払いながらの狩猟や駆除がおこなわれています。こういうことをお話ししながら、実はぼくは学校で生物学を学んでいないので、大型哺乳類の解剖は経験なかったんですが、お腹の中はほんとうにきれいで、びっくりします。これは2歳の雄で、100キロをちょっと切るくらいの個体でした。草食獣のシカが、たった2年半で100キロになるなんて、本当に不思議な気持ちがします。

 日本のシカはニホンジカという種名がついていて、北海道のエゾシカは種名ニホンジカ、亜種名エゾシカというふうに分類されています。奈良公園のシカはホンシュウジカといいまして、エゾシカとは亜種のレベルでグループがまた違いますが、エゾシカほどは大型化しません。恒温動物の場合、同じ種であっても寒冷地になるほど大型化する傾向があるといわれていて、ベルクマンの規則と呼ばれていますが、ニホンジカでは確かにこのことが当てはまるわけです。なぜそうなのかといえば、やっぱり気候風土に合わせて、そのほうが生きていきやすいからそのように進化してきたんだと思います。気温が体温より低い場合、体形が大きいほど表面積を相対的に小さくできて、熱を奪われにくくなるのです。土地土地の風土にあわせた進化の違いが、生態系の個性を生み、生物多様性を成り立たせているわけです。

 さて、この動物は何かお分かりですか。ヤギです。ヤギは日本でも非常に親しまれてきた家畜ですけど、ある場所で、これが「移入種」のレッテルを貼られて大問題になりました。この写真、木がほとんどないでしょう? もとは分厚い森林に覆われた島だったそうです。小笠原諸島という、東京港から南に1000キロほど離れた太平洋に浮かんでいる亜熱帯の群島の中にある、媒島という無人島です。小笠原諸島は父島・母島・兄島・弟島・嫁島・聟島なんて、親類縁者の名前がつけられています。この媒島には、戦前は人が住んで、牧場みたいなことをしていたらしいんですが、戦争が激しくなって放棄されました。その後、残されたヤギがどんどん増えて、草から若木まで全部食べ尽くしてしまった。森が弱ったところに台風が来て、こんなふうに丸坊主になってしまったのです。赤土が流れ出て、周りの海も真っ赤です。

 ヤギはもともとこの島にいたわけでありません。人が持ち込んで、そのあと野生化して定着して、もとから続いてきた生態系をめちゃくちゃにしてしまう、これが移入種なのです。

 二キロ四方ほどの小さな島で、一時は500頭くらいまで増えたのですが、1990年代に入ってから東京都と環境庁(現・環境省)がヤギの駆除をおこなって、いま媒島にはヤギはいません。

 駆除といっても、結果を出すのはたいへんなことですよ。数年間はモニタリングといって、ヤギが何頭いるか、どんなふうに増えているか、繁殖率を調べたり。またヤギが植生にどんな影響を与えているかを調べました。そのうえで駆除計画を作るのですが、離れ小島で父島からでも漁船をチャーターして数時間かかる。おまけに小笠原はひっきりなしに台風がくる洋上ですから、毎年7月のごくわずかな期間しかチャンスがありません。おまけに東京都は現場でヤギを殺せませんでした。かわいそうだということで、全部生きたまま船に乗せて、九州まで運んでから潰すことにしたのです。このやりかたではいっぺんには駆除できませんから、また翌年、駆除に行くのですが、残ったヤギたちがまた、繁殖している。さすがに後半は、媒島でヤギの薬殺が行なわれました。

 でも森林がよみがえるまでにはまだかなり時間がかかるでしょう。移入種問題に限りませんが、いちど失った自然環境を元通りに戻すことはハッキリ言って不可能です。だからこそ、まずこうしたことを引き起こさないことが大事になってきます。

 これはみなさんお馴染みの魚、ラージマウスバスとブルーギルですね。去年の夏に琵琶湖博物館で撮影させてもらいました。ヒドイとは聞いていましたが、これほどとは思ってませんでした。とくに南湖は、バスとギルにほとんど占領されているんじゃないか、と思うくらいです。

 守山に行きまして、ブルーギル撲滅釣り大会に参加してきました。あのあたりの水中、本当にギルだらけなんです。100人くらいが朝から昼前まで釣って約250キロの魚が釣れました。一匹100グラムとして2500匹です。なのにコイもフナも、いわゆる在来種は一匹も釣れません。在来種、というのは、もともとその地域の生態系の中で生きてきた種、というような意味だと思ってください。スジエビという小さなエビを餌にしているので、魚がいれば、在来の魚だって釣れるはずなんです。

 今回の取材では、琵琶湖博物館の中井克樹さんに案内してもらって、中井さんたちのグループがモニタリングを続けているところを見学してきました。これは中井さんの調査フィールドです。白いカードがばらまいてあるでしょう? ギルの産卵床に番号を振って、追跡調査しているんです。去年は約六〇〇の産卵床をカウントしたそうです。ギルの産卵床の数は年々増えているそうです。なぜ増えていると分かるかと言えば、もうこの場所で10年も調査が続けられているからです。

 まだるっこしい、こんなん見てんと全部つぶしたらええやん、と思われる方もいらっしゃると思うんですけど、この勝負、熱くなったら負けだというふうに思うんです。

 滋賀県の条例で、いったん釣り上げたブルーギルとラージマウスバスのリリースが禁止されました。条例に反対してる人の中には、そんなことをしてもギルやバスを減らす効果なんかない、という意見もあるんですが、県の担当者に聞くと、何もリリース禁止だけでバスやギルを減らそうとは考えていない。駆除は駆除で何千万円もかけて対策をやってますからと言っています。だからせめて、その目と鼻の先でリリースしてくれるな、というのが条例の本質だと思います。

 とはいえ、生半可な駆除対策では焼け石に水というくらい、いまギルの勢力は強い。熱くなったら負け、と先ほど言いましたが、この勝負はたぶんこの先、延々と続きます。媒島のヤギは一匹残らず排除できましたが、離れ小島で、逃げ隠れする場所がなく、大型でみつけやすい、しかももともと家畜のおとなしい動物だったからこそ、できたといえます。それでも何年もかかっていますが。広大な琵琶湖で、ここまで増殖したバスやギルを絶滅させるなんてとても不可能で、せいぜい低いレベルに抑え込んでおければそれで良しとしなくてはならない、移入種対策とはそういうものなのです。

 ですから、「バスやギルに罪はない」「公共工事のほうが問題だ」などと論争している時間は本当はないんです。「バスには可哀想だけど、生物多様性保全のために死んでいただきます」「公共事業もひどいけど、移入種問題も同じくらいひどいんです」。これで終わりです。

 とはいえ、移入種を生みだしたのは他ならない自分たち人間です。これまで、むしろよかれと思って誇りを持ってリリースしてきたのに、それを否定されたら、何かこれまでの人生全部を否定されたみたいに感じてしまう気持ちも分かります。何も全人格をキライだと言ってるわけじゃないんだけど、熱くなるとつい、そうなっちゃうんですよね。それで裁判とか始めてしまう。生物学的にも難しいし、社会的にも難しい。それが移入種問題です。

 これまでよかれと思ってきたことが実は環境破壊だった、というのはよくあることで、河川改修もそうですし、一斉植林とか、灌漑とか農薬とか化学肥料、牛に肉骨粉を与えてBSEにしちゃったとかいうのも同じパターンでしょう。琵琶湖のギルにしても、最初はイケチョウガイの宿主にするために水産試験場が持ち込んだのが始まりだったようです。

 ふつう当事者は間違ってたと認めたがらないんですが、そういうときにはずばり証拠を突きつける。よく推理ドラマでありますよね。これが動かぬ証拠だって。自然環境問題の場合、証拠は生態学的な観察から導き出されることが多い。

 相手動物の群れの数を、モニタリングとその結果に基づく手法変更によってコントロールするやり方をワイルドライフ・マネジメントといいますが、これから始まるのは、移入種を相手にしたワイルドライフ・マネジメントです。駆除対策というと、とにかく獲りまくればいいという印象ですが、ここは冷静に相手の群れのモニタリングを決して忘れずに、効果を見極めながらじっくり進めるべきだとわたくしは思います。そうしないといずれ疲れてしまって、手を緩めた途端にまた爆発的に増加、ということになると思います。

 繰り返しになりますが、これは長期戦で、たぶん半永久的に続く環境保全対策です。こんなことを言うと、やりきれない気持ちになられるかもしれませんが、いまここでその仕組みを確立しておくことは、バスやギルを増やしてしまった世代として最低限の罪滅ぼしと言えるのではないでしょうか。

 同じことはほかの移入種にも当てはまると思います。アライグマもそう。日本列島に非常に長い年月をかけて培われてきた在来の生態系のなかに、突然、持ち込まれて、繁殖して、在来生態系の個性を攪乱してしまっています。つまり生物多様性を損なっている。もともとの原因が、移入種を持ち込んだ人間であることは間違いありません。でも、だからこそ、後始末も私たちが責任を持ってつける必要があります。

 この春、鎌倉市でアライグマ駆除の現状を取材させてもらいました。みなさんよくご承知のように、ここでは、生態系攪乱というよりもっと切実に、住民に被害が出ています。野生のアライグマが民家の屋根裏なんかに住みついてしまうんですね。オシッコが漏れてきたりして、住民は市役所に苦情をいいにきます。すると委託の業者さんが出動して、家の回りの、アライグマの通り道と思しき場所にワナを仕掛けます。毎日見回って、動物が入ったら引き取ってくる。カゴごとドライアイスと一緒に密閉して炭酸ガスで殺し、寄生虫を調べるために糞をとって、遺体は燃料をかけて燃やしているそうです。鎌倉市は昨年度は228頭のアライグマを捕殺しています。

 でも、そういうことよりもっと印象的だったのは、こうした捕獲の仕事が何だか後ろ指指されてしまっているということです。なんでアライグマを殺すんだと、ほんとはもっと過激な言い方だそうですが、匿名で、脅迫めいた手紙や電話がかかってくるそうです。それで、たとえばわたしのような取材者にも、なかなか駆除の実際の作業とかは、具体的には見せてもらえない。記事になった後、抗議が煩わしいというか、精神的にすごいプレッシャーになるから、オープンにできない、というのです。

 同じことは動物管理センター、飼い主から離れた犬や猫が収容されるところですが、ここも同じです。1週間ぐらい待って引き取られない動物は安楽死といって、ガス室に送られるのですが、そこの部分は撮影を許してもらえません。もともと飼い主の責任というか、無責任さが原因なのです。その後始末を、行政機関が社会の執行代理機関として請け負っているだけです。だからぼくらは何のやましいこともありません、とセンターの職員さんたちも委託の業者さんも話してくれるのですが、完全にオープンとはいかない。それが現状でした。

 そういうわたしたちの社会ですが、このままじゃだめだというのは、何となくみんな、わかっていただけるではないかと思います。じゃあ次に具体的にどうするべきなのか、「命を大切に」というのは当然だけど、こと移入種については残念ながら例外なんだ、殺してでも排除しなくてはダメな場合があるんだ、というふうに価値観を変えていくことが必要だと思います。きょうの講演会に私などを呼んでもらったのも、なるべくたくさんの人にこのことに気づいてもらうためだと思います。

 わたしの住んでいる北海道もずいぶんアライグマが勢力を広げていますが、このままでは北海道の個性的な生態系が脅かされるというので、島全体で排除対策を進めることが決まり、今年の春、北海道庁が行動計画というのを作りました。さきほど言ったワイルドライフ・マネジメントの技術を採用して、今年から10年間で撲滅するという明確な目標を立てています。

 あちらは自然に対する関心が高いせいなのか、逆に関心が低いせいなのか、もちろん専門家の人たちが非常に努力されているお陰ですけど、野生動物とか自然環境保全のこうした新しい取り組みが比較的、スムーズに採用されて実現しています。このアライグマ対策もそうで、最新の知見を盛り込んだ画期的な内容だと思います。

 いったん覚悟を決めたら、あとはなるべく効率よく事を運ぶことを考えるわけです。移入種はいったん数が増えてしまったら、それだけ対策するのに時間も人手も費用もかかりますから。そこで、お手元の資料のような計画が立てられました。

 まず必要なのは情報です。いったいアライグマがどこに何頭いるのか。どのくらいの勢いで増えているのか。何頭ずつとったら減少させられるのか。

 でも森の中に何頭の動物がいるか、どうやったら数えられると思います? 見えないんだから、難しいでしょう? このケースでは、CPUEという数字を使っています。あるエリアにワナを一個かけるのと、2個かけるのでは、2個かける方が効率的な気がするでしょう? そこで、ワナ一個を一日間かけたときの捕獲努力量を1単位=ユニットとします。2個かけたら2ユニット、1個を二日間かけても2ユニットです。100個を10日間かけたら、100×10で捕獲努力量1000ユニットというわけです。

 次に、実際にわなをかけて、捕れた動物を数えます。捕獲努力量で割り算して、ワナ一日一個当たりで捕まえた動物の数、たとえば1000ユニットかけて20頭獲れたら0.02頭、これがこのエリアのこの期間のCPUEです。

 このCPUEのデータを毎月蓄積していって、除去法という数式に当てはめて計算すると、ある時点でそのエリア内に何頭の動物がいるか推定することができるのです。北海道の場合、道央といって、千歳市などを中心にしたエリアが、とくにアライグマ密度が高いことが分かって「緊急捕獲地域」に指定されましたけれど、この1995平方キロのエリア内に2001年末(繁殖前)時点で3000±1000頭が生息している、と弾き出しました。その後も増えていて、いま年に1000頭ずつ獲っていますが、今年夏の繁殖後の推定生息数は6000頭です。

 この母集団が今後どう膨らんでいくかは、繁殖率や自然死亡率などからシミュレーションできます。あとはそれを上回る捕獲圧力をかけてやれば動物の数は減少に転じるというわけです。繁殖期前に捕獲する方が効率がいいので、なるべく6月までに多く獲るようにし、今年と来年は2000頭ずつ捕獲し、10年後に撲滅するというのが北海道のプランです。

 うまくいくかどうかは分かりません。数字についても、仮定に仮定を重ねている部分があって、やってみないと分からないのですが、プログラム自体にフィードバックの経路があって、新しい情報を次々に計画に反映させて、こまめに軌道修正していく仕組みになっています。分からないことが多いからできない、というのではなく、待っていたら取り返しがつかなくなるので、できることから始めるが、その時点で最良の科学的知見で裏付けはちゃんとしましょうということです。これは、社会の中で合意形成を図るときに最も重要なポイントです。

 計画通りにいけば、これからの10年間、北海道ではトータルで1万頭かそれ以上のアライグマが捕獲され、かわいそうだけど死んでもらうことになります。そう聞いたら、ぎょっとするでしょう? この心の痛みを忘れてはダメだと思います。この痛みを忘れて、安易にペットを飼ったり、ペットを放したりしたらダメだということです。

 きょうみなさんには、自分たちのこの社会が、捕獲する業者さんとか動物管理センターの職員さんとか、毒を注射する獣医さんじゃありませんよ、私たち社会が移入種たちにどんな仕打ちをすることになるのか、よく想像していただきたいと思います。この苦しみこそ、移入種問題の本質だと思います。なぜこんな苦しみを味わなけれなばらないのか、突き詰めて考えることで、これから動物たちとどうつきあっていくべきか、答えが見えてくるのではないでしょうか。

 最後はちょっと暗い雰囲気の話になりましたけど、少しでもみなさんのご参考になればうれしいです。みなさまの今後のご健闘を祈りつつ、わたくしのお話を終わらせていただきます。

(2004年10月15日、ウェブサイトにアップしました)

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