北海道工業大学講義「環境ビジネス」2005年10月5日

第3回 平田剛士、自作を語る――廃棄物問題編

平田剛士

 みなさん、こんにちは。2週間ぶりですが、お元気でしたか。わたしは先々週の講義の後、取材旅行に出掛けて、兵庫県と道東を回ってきました。「週刊金曜日」という雑誌でいま連載している「列島アウトドア・ノート」というルポルタージュのための取材です。5泊6日のうち、2晩は深夜の長距離バスで寝るという、かなりハードな旅でしたが、取材記者のこの商売に旅はつきものです。仕事であちこち旅行して回れるのはラッキーですよ。家族には申し訳ないけれど、ぼくは気に入ってるんです。
 デイパックに最低限の着替えと洗面用具や雨具をぎゅっと詰め込んで、ショルダーバッグには愛用のカメラ1台に交換レンズ1本、ストロボ。交換用のフィルムや電池。大学ノート数冊に筆記用具も忘れずに。旅のスケジュールはできるだけ事前にきっちり立てて、飛行機やバスの時間とか宿の連絡先は、システム手帳にまとめて書き込んで……。これがぼくの国内取材旅行の基本スタイルです。荷物が2個なら、飛行機の乗り継ぎ時間が厳しいときなど、両方とも機内に手荷物として持ち込ませてもらえるので、2個がいいんです。もっとも、取材先で山に登るとか、望遠レンズを使う撮影があるとかいうときは、そうもいきませんけれど……。
 夕方7時ごろの便で羽田空港に飛び、モノレールで浜松町まで出て、ターミナルビルの地下の食堂街のトンカツ屋に入って、遅い夕食を摂りました。今回の旅では東京はトランジットみたいなもので、同じビルから間もなく出発する舞鶴行きの深夜バスに乗るんです。食堂街にはコンビニまであって便利。夜食を買いました。深夜バスは車内が真っ暗になるので本が読めません。実はなかなか眠れなかったのですが、ウォークマンでウェザーリポートを聴いてました。
 朝6時に今日との福知山というところに到着しました。駅のトイレで顔を洗ってヒゲを当たり、下着も取り替えました。最初の目的地である兵庫県豊岡まで、今度は各駅停車で1時間ほどの旅です。目的地には午前9時までに着けばいいので、特急に乗るまでもありません。
 旅好きな人で、各駅停車が嫌いな人はいないでしょう。窓から見る風景が、特急なんかと全然違う。とくに旅先では、すべてが見慣れない風景なので、ここはやはり各駅停車に乗ってじっくり観察すべきでしょう。「生物多様性」という言葉をご存じかと思いますが、田園とか谷川とか山の様子とかをあちこち比べながら眺めていると、「景観の多様性」の意味がよく分かります。
 途中で地元の中高生が乗り込んできました。みんな都会風にヘッドホンステレオを首にかけてるんだけど、おしゃべりは地方語、つまり方言で。記事を書くとき、登場人物のしゃべりことばに方言を使うこともあるんですけど、やっぱり方言というのは魅力的だし、それが若い人たちにちゃんと受け継がれていることも、なんかうれしい気持ちになります。こういう場面で思い出すのは、権力に禁じられて話者がほとんどいなくなってしまったアイヌ語のことです。好きな言葉で自由に話せるって、じつはかけがえない幸福かも知れない、ってね。
 到着したのは豊岡市。日本海に面した小さな町ですが、ここで日本で初めてその日、人工繁殖させたコウノトリが放鳥される、というので取材に行ったのです。テレビや新聞でも報道されたので、見た人もいるかも知れません。
 じつはこの放鳥、単に珍しい鳥を外に逃がしてやった、というのではないんです。「再導入」といって、絶滅したり、絶滅に瀕している種をもう一度、その地域で復活させようという非常に科学的なチャレンジで、失敗しないためにたくさんの条件が課せられていて、それを一つずつクリアしていって初めて、うまくいったと言える、そういう取り組みです。
 まあ、わたしはそういう生物多様性保全の実践をあちこち取材して歩いているスペシャリスト(?)ですから、ただ放鳥オメデトウという記事を書くのではなくて、その舞台裏の苦労とか課題とか、あるいは取り組み自体をどう評価するべきかとか、そういうことを書いて発表するのが役目だと自覚していますので、関心ある人はぜひ読んで下さい――といいつつ、まだ原稿をフィニッシュしていないので、きょう帰ったらまた急いで書かなければなりません。
 続いて神戸でイノシシの取材をして、また高速バスで東京に戻って今度は釧路に飛び、ダム問題の取材もしてきました。イトウという北海道だけにすむ、これも絶滅危惧種の魚の繁殖地に、大きなダムが造られてしまっている、という告発記事を3年前に書いたのです。矢臼別演習場という、陸上自衛隊の用地の中に出来たダムで、なかなか人目に触れなかったために作られてしまったんですが、ぼくの記事なんかが出てから反対運動が盛り上がって、ダムにスリット(切れ目)を入れてイトウが上り下りできるようにする、というところまで話が進んできたんです。その会議の模様を取材してきました。ほんとにイトウ繁殖地が復元されるか、最後までしっかり見届ける義務があると思っています。
 さて、プロのライターにとっては、こうした取材活動は、あらかじめ記事の発表先の媒体が決まって、掲載時期も決まってから出掛ける、というのが基本です。今回の場合は、さっきもいったように、週刊金曜日という雑誌の「列島アウトドア・ノート」という連載記事にする、ということを編集部と相談して決めてから、取材計画を立てて出掛けています。お金のことをいえば、いわゆる原稿料のほかに、取材経費――つまり取材旅行の費用です――として上限いくら使いたい、というふうに最初に相談して、確約をとってからでないと、なかなかこんなにあちこち飛び回ることはできません。
 まあもっとも、実際に取材を始めると次々に新しい取材先が見つかって、予算オーバーなんてことはしょっちゅうです。追加で支払ってくれる場合もあれば、泣く泣く自腹を切ることもあります。自分としては、予算枠に怯えて不本意な原稿を書くよりは、自腹を切ってでも納得ゆく記事を出したい、という思いは当然あります。まあ、オカネは貯まらない性格ですね。
 今回の旅行はコウノトリとイノシシとダムの取材が目的でしたけど、一昨年から去年にかけて作ったこの本『そしてウンコは空のかなたへ』でも、同じような取材で対象にアプローチしています。生物多様性の取材と少し勝手が違うなと思ったのは、向こうさんが比較的デカイ企業だったせいかもしれません。あとがきにも書きましたが、はっきりいって取材は難航しました。
 この取材にかかろうと思ったきっかけは、単純なんです。コンビニでお弁当を買いますね。仮にローソン特製豚カルビ弁当だとしましょう。レンジでチンしてもらって、持ち帰ってくる。袋から取り出し、ラップを剥がして、爪楊枝で指を指さないように割り箸を取り出して割り、蓋を開けていただきます。ばくばくと食べる。空になったプラスチックの箱、ごみ箱に捨てるでしょう? その瞬間です! もしそのごみ箱の中の弁当箱に紅生姜が一筋、くっついて残っていたとして、その紅生姜は食べ物ですか、ゴミですか? ぼくは、容器を拾い出して、もいちど蓋を開けて、お箸でつまんで口に入れる気にはなれなかった。ゴミにしかみえなかったんです。
 不思議でしょう? ほんの数秒前まで食べてたのに、容器をごみ箱に放り込んだら、生ゴミに変身してるんです。モノって、どの瞬間にゴミになるのか。これは記事になる、と思いました。
 BSEの騒ぎを覚えていますか。ウシ海綿状脳症。狂牛病とも呼ばれました。発症すると脳がスポンジ状になって異常をきたし、やがて苦しみながら死んでしまいます。異常プリオン蛋白という病原体が体にはいると感染することがあり、ヒトもクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)と同じような症状を発症するといわれています。90年代に英国で大問題になったのですが、日本では2001年秋に千葉で飼われていたウシで初めて確認されてから、改めてパニックが起きました。その個体がなぜ感染したのか、原因はいまだ解明されていませんが、真っ先にやり玉に挙がったのが肉骨粉でした。一切の使用が禁止され、全部燃やすように命令が下りました。
 それまで、肉骨粉はゴミじゃありませんでした。それが一夜にして廃棄物になってしまったのです。まさに劇的な変身です。
 ぼくは肉骨粉の生産現場から、焼却処分されるところまで、現場をあちこち取材したいと思いました。いつものやり方です。
 でも難航したんです。まず、肉骨粉はどこで作られているかというと、道内にも10くらい、製造工場があるんです。でもみんな、取材はお断りだというんです。今はそうでもないかも知れませんが、2002年ごろはまだ、肉骨粉問題は非常にデリケートでした。肉骨粉は恐ろしい毒だ、みたいな印象が流布して、生産者さんたちは非常にストレスを感じていたんです。一軒一軒電話しましたが、取材なんてとんでもない、この前もテレビカメラが門の外から撮影していて怒鳴りつけてやったんだ、あんたも絶対近づかないでくれ、と非常にガードが堅いわけです。
 一切使用禁止になって、生産された肉骨粉は一時野積みになってました。自治体なんかのゴミ焼却場が、受け入れを拒否したせいもあるんです。粉状のモノはうまく燃やせないとか、機械が傷むとか、いろいろ理由を付けていたみたいですが、自治体も肉骨粉とは関わりたくなかったんでしょう。でもそのうち、政府の強い要請を受けて、焼却処理を受け入れる会社が出てきました。高温ボイラーを持っている製紙会社とか、セメント工場とかです。
 パニック時こそ冷静であるべき、というビジネスマンもいたはずで、これは商売になる、と踏んだんでしょう。世の中に貢献しているというイメージをPRできると考えたのか、こちらの取材は比較的順調に進みました。けっきょく、雑誌掲載時は肉骨粉の製造過程の取材は間に合いませんでしたが、その後、コネを駆使したりして、その工場も見学することができました。書籍にまとめた時はその様子をつぶさに盛り込んで、肉骨粉騒動とは一体なんだったのか。命をつなぐ究極のリサイクルの、いったいどこが間違っていたのか、検証するルポになりました。
 その答えはぜひ、本を買って読んでもらいたいのですが、私とみなさんももう他人じゃないので、サービスして少し答えを言いましょうか。
 生態系のようすと比べてみたんです。自然生態系に廃棄物問題はありません。たとえばサケ。いま道内の川にたくさんサケが遡上してきています。サケは産卵・放精すると死んでしまいます。一匹の体重が2〜3kgとして、1000匹がのぼってくる産卵場だと2〜3tです。豊平川にもこれくらいのサケはのぼってきますが、もしススキノの路上にサケの腐りかけた死骸が2〜3トンも積み上げられたら、もう大変でしょう。
 でも川の中だとそうはならない。一時的に悪臭はするかもしれませんが、次第に消えていきます。サケの死骸、ホッチャレといいますが、ホッチャレがどんなふうに消えていくか、ホッチャレにトランスミッターを取りつけて、追跡している生物研究者がいます。まず動物が食べに来る。キツネやヒグマ、カモメやトビ、カラス、オジロワシやオオワシも来るそうです。彼らにはサケの死骸はごみではなく、ごちそうなのです。水生昆虫も群がりますし、バクテリアも食べに来る。こうやって次第に分解され、生態系を支えます。
 サケ自身にすれば、子孫に母乳を与えるようなことなのかもしれません。サケの死骸で食いつないだ昆虫が、翌春には孵化した稚魚たちの食べ物になるからです。この命の連鎖――リサイクル――こそ生態系の本質だし、ここには廃棄物問題はあり得ません。
 この生態系からはみだしているのが家畜と人間です。この本では、こんな試算をしました。ホルスタインの雌牛は、出産すると約10カ月間、おっぱいを出し続けます。一頭あたりのミルクの年間生産量は約8tなので、日量ざっと26kgです。牛乳のパッケージに、蛋白質割合が3.3%とか書いてありますね。26kgの3.3%で858g。雌牛は毎日858gの蛋白質を体外に放出しているというわけです。
 さていっぽう、歳をとってミルクの出が悪くなると、乳牛も食肉に回されます。ウシの体重はだいたい750kg。このうち、食肉になるの、どのくらいだと思います? これも調べまして、だいたい300kgしかお肉にならないんです。牛の体は医薬品や化粧品、油脂類、皮革製品などの原料の宝庫なので、食肉以外にもとことん利用されるのですが、それでも残るのを、砕いて蒸して絞って、また砕いて肉骨粉にして、はじめは肥料に使っていたのを、先ほど言ったようにミルクの蛋白質量をもっともっと増やせということで、30年ほど前からウシの飼料にも混ぜるようになった。それがBSE流行につながってしまったというわけです。
 さっきの生態系のリサイクルと、この肉骨粉の有効活用――あえてこう言いますが――と、似ているようで違うの、分かります?
 OK、どこがどう違うかをリポートにしましょう。紙を配るので、来週までに書いてきて下さい。でもこれだけだと、ただの廃棄物問題の講義になってしまうので、もうひとつ課題を出しましょうか。
 BSEと肉骨粉の問題を取材して、ぼくはこの本で、こんなふうに記事をまとめたんです。牛乳は蛋白質濃度が高い方が、高品質だと思われています。そういう高品質の牛乳を効率的に生産するために、酪農家はたくさんの牛を飼うようになり、安くて栄養価たっぷりの大量生産品である肉骨粉を、草食獣だけど、共食いだけどまあいいかと思って飼料に混ぜて使ってきた。でも、そういう高品質のおいしい牛乳を、好きなときにいつでもどこでも、フレッシュな状態で、大量に、しかも安く手に入るようにして欲しいと願っているのは、じつは消費者だと思うのです。消費者のニーズというヤツが、じつはBSE肉骨粉問題を引き起こしたのではないか、ということです。
 生態系が営んでいるリサイクルと、決定的に違うのはスピード感です。あ、答えを言っちゃいましたね。生命のリサイクルをあまりに早く回そうとして、失敗したのです。だったらそれを抑える必要があるのではないか。
 生産者に安全性を訴える前に、消費者としてできることだってあるわけです。本当はそんなにたくさん牛乳は飲まなくても平気なんです。本当はそんなに安くなくていいんです。本当は夜中にコンビニで買えなくたっていいんです。本当は2.8%だっていいんです――そんなふうに「消費者のニーズ」を自制する、ということです。
 消費者が自制したら、経済が滞るかも知れません。酪農経営が成り立たなくなるでしょうか? そこで課題ですが、生産量(流通量)を半分に抑制して、同時に現状の売上げ高を維持もしくは向上させるにはどうすればいいか、アイディアを出してください。基本的には値段を倍に上げればいいわけですが、それを消費者に納得させる工夫が必要です。その工夫をしてみてください。じつはこのこと、環境ビジネスの根幹にかかわることだと思います。
 きょうの講義はこれでお終いにします。

(C)2007 Hirata Tsuyoshi, All rights reserved.

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