「江部乙の環境について考えるフォーラム」(2008年7月24日、滝川市農村環境改善センター。「江部乙の農業と生命の水を守る会」主催)での話題提供草稿

「身近な自然環境」がなぜ大切なのか

平田剛士 フリーランス記者、たきかわ環境フォーラム

 皆さん、こんばんは。主催者の皆さん、きょうはお招きいただき、ありがとうございます。

 わたしは仕事がら、あちこち旅して回るのですが、狭いように見えてこの日本列島、景色や風土がとてもバラエティに富んでいるということを、いつも身をもって感じています。

 何年か前のクリスマスごろ、このあたりはマイナス20度近い寒い夜でしたが、その翌朝早く、千歳から飛行機で沖縄・那覇に飛んだのです。すると向こうはプラス20度で、北海道でいえば真夏の暑さ。ジャケットも上着も脱いでTシャツ姿になり、大荷物を担いで歩くハメになりました。同じ日なのに北と南で40度もの気温差がある、それが日本列島です。

 これだけ環境が違うと、そこに育まれる自然風土も全く姿が異なります。例えば、沖縄に生息するハブは、こちらにはいません。こちらで当たり前に畑に出てくるシカは、向こうではとっくに絶滅してしまっています。さっき申し上げた「バラエティに富んだ景色」というのは、こうした環境の違いによって生み出されたものですし、その景色は、厳密に言えばその場所にしか存在しない、いわば唯一無二の風景なのだと思います。

 「唯一無二」と聞けば、それは大事にしなければ、と皆さんもお考えになるのではないでしょうか。旅行好きの方なら、旅先で出会う感動的な光景に「いつまでもこのまま残っていて欲しい」と願われることでしょう。ナショナルトラストといって、地主さんから土地を買い取って保全する市民活動に寄付されている方もおられるかもしれません。

 ところが案外、無頓着になりがちなのが、灯台もと暗しといいますか、自分の住んでいる地元のことです。

 あるとき、道南の素晴らしい森の中の渓流に、大きな発電ダムが建設されるというので、取材に訪ねました。地元役場の担当者にインタビューして、これは自然破壊じゃないですかと聞いたのです。「都会の人は自然環境は地元の宝だといわれる。確かにそうかも知れないが、これはお金にはならない宝だ」と言うのが彼の答えでした(『週刊金曜日』2000年3月17日号)。

 外から見て批評するのと、地元で当事者として関わることの違いはこれほど大きいのだと思い知らされましたし、地元の人には何の変哲もない身のまわりの風景、けれど外から見るとかけがえない環境だという場所を保全すること、その難しさも強く感じました。

 これは風景や環境問題だけではないかも知れませんが、地元に長くいると見えにくいものが、外から見るとくっきり分かることは、ほんとうに多いのです。郷土愛、というと何だか「心のノート」みたいでイヤなんですけど、こと自然環境問題に限って言えば、自分の住んでいる地域の環境に対する関心というのは、やっぱりもっとあってもいいかも知れません。

 ――というようなことを、「たきかわ環境フォーラム」では常々話し合っていて、地元の自分たちが地元の環境に関心を寄せる、そのきっかけになればと昨春、民間の助成金を使って「ECOフットパスマップ」を作りました。フットパスというのは、「散歩道」を英国風に言い換えた言葉ですけれど、自然・産業・文化・歴史、そんなうんちくというか、ローカルなサイドストーリーも一緒に楽しみながら、地元を散歩して回ってみよう、という狙いです。このマップは、旅行者さんにも配っていますが、地元の住民、つまり自分たちのために取材して編集した、という側面も大きくて、この取材や編集作業自体、たいへん意義がありました。つまり、改めて地元のことを第三者的な立場で眺め直すことが出来たのです。

 今晩わたしの後で話題提供なさる小野寺徹さんが、北海道立滝川高校で取り組んでおられる環境地図づくりも、完成作品はもちろんですが、若い生徒さんたちがそれを作成する過程にこそ、大きな意味があるのではないでしょうか。

 同じ場所に長く住んで同じ風景を毎日見ていると、それが少しずつ変化していることに気づきにくいのですが、いわば定点観測的に記録を続けていると変貌が良く分かるという効能は非常に重要です。近年、急速に発達している「地元学」という学問分野でも、このことは重視されているようですけれど、これは地元の住民にしか出来ません。

 こんなふうにして、ほかならない自分の地元にも「かけがえない、唯一無二の風景」があり、それが少しずつ変貌している、ということに気づくだけでも、きっと一人一人、何か感じることがあるのではないでしょうか。

 わたくしのお話はこれでおしまいです。どうもありがとうございました。

(2008年7月25日にウェブサイトにアップしました)

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