続・大人の作文教室(2)テーマと取材
さっぽろ自由学校「遊」 2014年11月5日
「続・大人の作文教室(2)テーマと取材」
講義草稿
平田剛士 フリーランス記者
こんばんは。このようにみなさんの前でお話しする機会を与えていただき、どうもありがとうございます。
まずは、さっぽろ自由学校「遊」の設立25周年のお祝いを申し上げます。
ハードディスクの中を探しましたら、昔のレジュメが見つかりました。2003年12月に「市民ジャーナリスト入門講座」というテーマでひとコマお話しさせていただき、それから2005年8月にも「調査・取材して書く」という連続講座のスピーカーとしてお招きいただいていました。10年ぶりに帰って参りました。
改めて自己紹介させていただきます。広島市出身、滝川市在住のフリーライターです。駆け出しの3年間、「北海タイムス」社の報道部記者をやり、1991年にフリーランサーになりました。北海道は本当にいろんなジャンルのテーマが山積しているので、書いても書いてもとても追い付かないのですが、なかでも環境問題と人権問題に興味を持って、ささやかに取材活動、執筆活動に当たってきました。報道出身なもので、現地を訪ね、当事者さんたちに取材した内容を書いて伝える、というスタイルが得意です。
この6月から朝日新聞北海道版に隔週で「風のかおり、野のにおい」というコラムを書かせていただいています。これは、森山俊さんという著名なアウトドアライターさんと毎週かわりばんこのコラムで、題名は同じなのに切り口とか文体がまるで違うので、読み比べてもらうとまた面白いかも知れません。朝日新聞の電子版で無料でご覧いただけます。
こうした仕事を通じて、たぶん普通の方たちよりも、いろんなジャンルのたくさんの方、専門家だったり実践者だったりする人たちにお目にかかるものですから、取材先でいろいろ影響を受けたりしまして、いくつかのNGO活動に参加させてもらうようになりました。いちばん古いお付き合いなのが「オビラメの会」。道南尻別川で絶滅危惧種のイトウという魚を復活させようと活動している非常にアクティブなグループです。また地元の滝川で「たきかわ環境フォーラム」という市民グループの代表を務めさせてもらっていますし、一般社団法人エゾシカ協会のお手伝いもしています。2008年以降は、アイヌの小川隆吉エカシにお誘いいただいて「北大開示文書研究会」に加わり、3年前には新聞記者の中川大介さんたちと「人と水研究会」というのを作って、震災後の「国土強靱化計画」のあり方など、議論を深めようとしています。また、ちょうどおとつい(2014年11月3日)、札幌国際ビルでフォーラムを開いたところなのですが、豊平川のサケを野生化させようという「札幌ワイルドサーモンプロジェクト」の立ち上げに加わりました。
こういう地域住民の活動こそが世の中を変えていく原動力だと思いますが、モノカキの自分のスキルを役立ててもらえたらと思っているところです。
さて、きょうの講座のスピーチの準備するのに、以前どんなお話をしたか思い出そうと思って、10年ぶり、12年ぶりに当時の自分が書いた講義資料を読んできたのですが、びっくりしました。まったく成長していない! 「ある人に取材したら、その人から次に会うべき取材相手を芋づる式にみつけましょう」とか「取材相手と一緒に原稿作品を作る気持ちで書きましょう」とか、きょう新たに付け加えることがまるでありません。
当時の自分は30歳代後半で、いま49歳。いちばん変わったのは、取材する相手の方が、だんだん自分より年下が多くなってきた、ということでしょうか。
コーディネーターのクロダさんからちょうだいした本日のお題は「テーマと取材」です。なんて漠然としたご注文なんでしょう……。続きを読みますと、〈動機づけと出版までの問題点・注意点などを学びます。また出版された本を元に取材方法や調査・研究についての経過と成果を伺います。〉
……粛々と参りたいと思います。
『非除染地帯』
いまさら一般論を話しても仕方がないと思いますので、ケーススタディの素材をみなさまにご提供します。
10月15日に新刊『非除染地帯』を上梓したところですので、まずこれをご紹介させてください。サブタイトルは「ルポ3.11後の森と川と海」。版元は緑風出版、1800円+税です。お察しのように、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故による環境破壊をテーマにした作品です。数ページにわたりますが、「まえがき」を朗読します。
……(朗読)……
この本をつくった〈動機付け〉はここに書いたとおりです。とはいえ、企画の初期段階からこうだったかというと、そうではないかも知れません。
単著の「まえがき」や、雑誌記事のリード(前口上)を、本当に最初に書く人っているんでしょうか? 私の場合だと、最初に「まえがき」原稿を書いたとしても、本文が完成した後、たいがい「まえがき」やリードに戻って、ぜんぶ書き換えてしまいます。振り返ってみますと、原稿を書き始める時は、最後の結論はまだハッキリとは決めてないようです、わたしというライターは。文字を連ねていきながら、行きつ戻りつ文章を入れ替えたりして、全体の形を整えていき、最終盤にさしかかったところでフィニッシュを工夫する、という手順を踏んでいました。結論がまだボンヤリしたままの状態で書いた「まえがき」やリードが使い物にならないのは当然です。
ただ、編集部などとあらかじめ企画の相談をする時は、せいぜい予備取材だけで、原稿をまだ1字も書いていない状態で「記事概要」を示す必要があり、ちょうどリード文と同じような文章をつくります。だから、出稿した最終原稿があんまり最初の企画と食い違っているのはどうか、ということもあります。だからもし企画段階と出稿時とで大幅にトーンが変わるような場合は必ず、後のほうの原稿が面白くなる方向に変わっている必要はあると思います。
次は〈出版までの問題点・注意点など〉ですね。思いついた項目をいくつか書き出してきました。
●企画書の書き方、取材費の調達
●取材のアレンジ
●編集者のアカについて
●取材相手へのお礼状
●単行本化のタイミング
●出版社との契約
さて、〈出版までの問題点・注意点など〉に関して、みなさんがいちばんご関心あるのは、やっぱりオカネの工面でしょうか。出版不況と言われてもう久しいわけですが、いったいこういうライティング活動でメシをくっていけるのですか、と。
このことについて、ちょっと考えさせられる文章を見つけたので、ご紹介します。書籍(主にマンガ)海賊版ダウンロードサイトの問題について、ライターの永江朗さんが昨年、こんなふうに発言されています。
文化審議会著作権分科会出版関連小委員会(第1回、2013年5月13日)での永江朗委員の発言 |
「ただでもいいから読んでもらえればもうハッピー」。アマチュアもプロも関係なく、またライターであれミュージシャンであれ、表現者の気持ちはこれだという気もします。そのいっぽうで、プロたるものギャラなしで書いてはイケナイ、という気持ちもあります。
とはいえ、わたしもいくつか地域のNGOに関与して、寄付金は出せない代わりに得意技でのボランティア活動として、ホームページとか会報づくりとかを引き受けています。読者はせいぜい数十人から100人くらいのホントのミニコミです。
手弁当のミニコミでも何でも、編集をまるごとやってみると分かるのですが、作業に占めるライティングの仕事量はそんなに大きくありません。手順はだいたいこんなふうです。
(1)企画構成(2)目次づくり(3)割り付け(4)原稿調達(文字原稿・写真・イラスト)、(5)タイトル・見出し、(6)レイアウト、(7)校正・校了、(8)入稿・印刷、(9)配達
一枚ペラものから20ページの冊子まで、だいたいこれでいけると思います。商業出版になると、この作業を何人ものスタッフで分担するわけです。広告とか配本とか、渉外活動も当然、重要です。
ライターは主に(4)を担当するわけですが、ライターの方も、構成とかレイアウトとか印刷のこともある程度勉強しておいた方がよいと思います。永江さんのセリフではありませんが、自作を読んでもらうための工夫は非常に重要です。文章自体のリーダビリティは当然として、タイトル、見出し、分量、イラストとの組み合わせ、レイアウトといった編集作業の随所に「読んでもらうための工夫」が凝らされているのが書籍という製品です。それをある程度でも理解しているだけで、ライティングの心構えもかなり違ってくると思います。
実践に勝る学習はありません。市民グループでつくる発行物はかっこうの題材かと思います。
ブックレット『アイヌの遺骨はアイヌのもとへ』
お配りしたのは、北大開示文書研究会というグループが作ったブックレットです。このイシューは歴史も深く複雑で、なかなか一口で説明しにくいので、それをこんなカラーのブックレットで分かりやすく解説しようと作りました。こちらさっぽろ自由学校「遊」でも、市川守弘弁護士が時々レクチャーされたりしていますので、ご存じの方も多いかと思います。この作例もきょうの教材にしてしまいましょう。
〈出版までの問題点・注意点など〉
●財源確保
●企画会議
●編集
●印刷
●頒布
『なにゆえ、いかにして彼らは魚道を作ったのか。』
さて、せっかくの機会ですのでディジタルパブリシング(電子出版)にも触れたいと思います。
じつは今年の春先、仲の良い新聞記者さんやデザイナーさんと一緒に10ページだてくらいのデジタルマガジンを実験的に出しました。『なにゆえ、いかにして彼らは魚道を作ったのか。』というタイトルで、数人でルポ原稿を寄せ合い、写真雑誌ふうにレイアウトしました。1ダウンロード500円で売り出して、20ダウンロードくらい売れました。これ、グループの人数と一緒です。
クレジットカード決済のサービスを利用すれば、ウェブショッピングで商品(電子データ)を販売するのは、だれでもすぐできます。ちょっと思案したのは、プロテクトのことでした。いったんダウンロードされた後、勝手に転送されてしまうのをどう防ぐかと言うことです。これはDRM(Digital rights management)と呼ばれます。
「顔の見える範囲」での再配布を歓迎します。
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DRMには大きく二つの考え方があります。一つは、がっちりプロテクトをかけて、購入者本人と認証できなければファイルを開けないようにする、というやりかた。もう一つは、プロテクトは最低限に止めて、紙の本と同じように貸し借り自由、場合によっては古本として売るのも自由にしてしまおう、という考え方です。
商業出版社はおしなべて前者です、当然ながら。海賊版が作られないようにしないと商売あがったりになる可能性があるからです。端末にIDとパスワードを打ち込んで認証が済んで初めて作品を読めるように、強力なプロテクトがかかっています。
ただ、これは高度なIT技術が求められます。プロテクトは必ず破られます。いたちごっこにつき合う覚悟と投資が必要なんです。また、さきほどの「ただでもいいから読んでもらえればもうハッピー」という感覚とは、これはベクトルが正反対ですね。
そこで、われわれ「人と水研究会」の場合はどうしたかというと、右のような謹告文を掲げました。
ようするに、最初は買ってもらうけれど、気に入ったらこれはと思う人に自由に貸し出してもらって結構ですよ、というわけです。これ、ソーシャルDRMというやり方です。その結果、売れたのが20ダウンロード……。たぶん100人くらいは読んで下さっているんじゃないでしょうか。
さあ、〈出版された本を元に取材方法や調査・研究についての経過と成果を伺います。〉というのが残りました。ご質問にお答えする形で進めたいのですが、いかがでしょうか。
2014年11月23日にウェブに掲載しました。(C) 2014 Hirata Tsuyoshi, All rights reserved.