ぼくらの町の生物多様性

北海道ラムサールネットワーク湿原・自然と親しむ講演会
2013年6月1日 雨竜町ふれあいセンター大ホール

講演予稿

平田剛士 フリーランス記者、たきかわ環境フォーラム

 みなさん、こんにちは。こんなに大勢のみなさんの前でスピーチさせていただく機会をつくってくださり、主催の「北海道ラムサールネットワーク」さん、「雨竜沼湿原を愛する会」のみなさんに心から感謝申し上げます。

 さて、大懸さん兄弟の素晴らしい発表に引き続いての出番で、ちょっと気後れしているのですけれど、これから少しの時間、「ぼくらの町の生物多様性」という題名でお話しさせていただきます。どうぞおつきあいください。

 わたしは北陸富山の出身で、大人になってから北海道にきました。滝川に住み始めてからは18年になります。だけどいまだに、旅行者の目線というのでしょうか、外に出かけるごとに新しい発見があって、ここはすごいところだな、と思ってしまうわけです。
 たとえば、これはエゾシカです。北海道で生まれ育った人はエゾシカなんて珍しくも何ともないでしょう? でもわたしなんかは、今でもドライブ中などにエゾシカの姿を見かけると「おおっ」て、眼を見張ってしまいます。
 日本列島に住んでいるニホンジカという種は、ヤクシカ、キュウシュウジカ、ホンシュウジカ、エゾシカといった亜種に分類されていますが、北海道のエゾシカはそのうちで最大、最強のシカです。世界中でこの北海道島にしかいないエゾシカを、自分の家のそばで簡単に見られることに感動してしまうんですね。それでついに2年前、大泰司紀之さん、近藤誠司さん、井田宏之さんといった専門家と一緒にエゾシカの本まで作ってしまいました。

 大型の野生動物といえば、これもそうです。今月初め、道南の倶知安町の尻別川で、イトウの産卵を観察に行ったとき、出くわしました。イトウも列島最大の淡水魚で、大きなものは1メートル20センチ、体重20キロ以上にもなりますけれど、それを見にいって、これまた陸上最大の肉食獣エゾヒグマの足跡を見つけてしまうとは、なんとまあ「野生の王国」な島なんでしょう、北海道は。

 これはどうでしょう? コハクチョウたちの群れです。みなさんにはやっぱり、ごくありふれた風景だと思います。なにせ家のすぐ前の田んぼなわけですから。わざわざ餌付けしたり、どこかへ見にいくまでもありません。春先、雪が溶けて、田んぼの表面が顔を出すタイミングで、無数のハクチョウたちが向こうから飛んできてくれます。でも、日本列島全体で見たら、これがどれほど珍しいことか。
 雨竜や滝川を含むここ空知地方が、ハクチョウやマガンといった大型の渡り鳥たちの渡りルートにぴったり重なっているからこそ、こうした世にも珍しい光景が毎年繰り返されているのです。ハクチョウやマガンが盛んに声を交わしながら編隊を組んで飛んでいくのを、このあたりの住民はみんな日常的に見聞きしています。でもこれ、よその人が見たらびっくり仰天します。

 今度は川の中をのぞいてみましょうか。この生きもののことはご存じですか? 空知川で撮影したもので、同じ生きものがもう少し大きくなると、こんなふうに銀色に変身します。そしてこれが大人の姿。カワヤツメという生物です。これはオシラリカ川で捕れたのを撮影したもので、ちょうど今の時期、たくさん遡上してきているはずです。
 石狩川は、道南の尻別川と並んでカワヤツメの一大生産地で、昭和時代にはたくさんとれていたのですが、1990年代になると漁獲は激減しました。空知川のカワヤツメもすっかり消えてしまったと思っていたら、数年前、滝川公園の近くにある取水施設で、水を漉すスクリーンにこれが大量に入る、という連絡を受けて見にいったところ、カワヤツメのアンモシーテス幼生たちでした。子どもが見つかるということは、近くで繁殖が成功しているという証拠です。ちゃんと生き残っていたんですね。
 ヤツメウナギは魚類ではなく、円口類あるいは無顎類という仲間で、「地球上で最も初期に生まれた脊椎動物」だといわれています。この系統樹をご覧ください。無顎類はここにいます。いわゆる魚類が誕生してくるはるか以前、つまりシーラカンスより古いタイプだということです。1939年に南アフリカでシーラカンスが発見された時は、「世紀の大発見」と世界中にニュースが流れたそうです。カワヤツメはそれよりもっと古い。それが、すぐそばのオシラリカ川や空知川で毎年ふつうに産卵して、増えているなんて、オドロキじゃありませんか?

 今年、ちょっとハマっているのがこれ。コウモリです。東滝川の古い農機具倉庫内にねぐらがあるという情報をつかんで、たきかわ環境フォーラムの仲間たちと昨年から調査を始めました。コウモリが夜行性だということはご存じでしょう。日が落ちると、ねぐらからどんどん外に飛び出していくんです。真っ暗になると肉眼では見えなくなるので、日没から薄暮が終わるまでの1時間ほどが勝負なんですが、去年は300匹以上を数えた日もありました。
 それまで私も知らなかったんですが、日本列島全体では35種類、北海道だけでも19種類のコウモリが生息しているそうです。図鑑を見てもそっくりなのが並んでいて、初めはなんというコウモリか、分かりませんでした。たまたま近くの建物に間違って飛び込んできたコウモリが見つかって、それを専門家──旭川大学名誉教授の出羽寛さん──に鑑定してもらった結果、カグヤコウモリという種類だと分かりました。しかも、300個体を越えるようなカグヤコウモリのねぐらは日本最大である可能性がある、というのです。またしてもびっくり仰天。
 それで今季は春先から毎週、観察に通っています。今月は初めて捕獲調査をやる予定で、いまからドキドキしています。

 もちろん、21世紀の北海道の姿は、100年前に比べたら非常に変貌してしまっています。「原生的自然」は知床や大雪山以外、ほとんど残っていないと言っていいかも知れません。
 これはこのあたりの新旧の地図から、滝川や雨竜地域の石狩川本流の川筋をシルエットにして浮かび上がらせたものです。いくつもあった川筋が1本にまとめられていますね。また「蛇行」といって、クネクネ激しく折れ曲がっていたのが、あっさりしたほぼまっすぐの川になってきたのが分かります。
 毎年のように大洪水を起こす川でしたから、アイヌモシリ=北海道の島を植民地化した明治政府以降の日本政権にとって、このあたりを開拓・開発するにあたって、治水が何より至上命題だったのですね。これはまさに「国家100年の計」で、2010年が「治水100周年」だったそうです。同じ2010年、治水事業を推進してきた石狩開建、つまり石狩川開発建設部──国交省北海道開発局の専門部隊ですが──は廃止され、札幌開発建設部に統合されました。石狩川を100年間も徹底的に工事し続けて、さすがにもう新たに工事するところはなくなったということでしょう。
 たしかに氾濫のリスクは減り、昨日一昨日みたいな増水くらいなら、川があふれる心配はまったくなくなりましたが、代償も少なくありませんでした。

 かつて石狩川の主役級だったサケやイトウやチョウザメやカワシンジュガイが姿を消してしまいました。石狩川を軸にした広大な湿原はすっかり排水され、水田地帯に変貌しています。もともとすんでいた野生動物たちにすれば、「環境破壊の100年間」だったと言わざるを得ません。 
 チョウザメのことをアイヌ語でユペと呼ぶのですが、滝川のエベオツや旭川のナイダイブの地名は、このユペに由来するそうです。カワシンジュガイのことはピパと呼び、美唄川の語源だといいます。どっちの生物も地元から消えてしまって、名残は地名だけだなんて、悲しいことです。

 こんな事態も起きています。石狩川の蛇行部分を切り離した三日月湖、滝川の「第一出島川」という場所ですが、たきかわ環境フォーラムの仲間と魚類調査をしたときの結果です。きれいな魚ばかりですが、これらはみんな外来種たちです。河川工事がきっかけになって、在来の自然環境がこうしてどんどん変化していて、それはいまも進行中です。
 
 「生物多様性」という言葉は、1980年代に生まれた造語です。これ、ちょっと誤解しやすいんですが、「多様にしましょう」というスローガンとは違います。現代の人の社会が大規模な環境破壊を引き起こすまで──おおむねこの100年とみてよいと思います──地球上はもともと生物たちが非常に多様な状態で保たれてきたのに、いまそれが人間のふるまいによって急速に失われてしまった。このままいくと人類の生存も危ういですよ、という警告の言葉なのです。
 だから「多様にしよう」ではなく、「せめて今まだ残されている多様性を尊重しよう」「とり戻せるなら少しでもとり戻そう」というのが正しい解釈だと思います。
 私たちの目に一番分かりやすい「生物多様性」とは「よそと違っているところ」のことです。この地域のユニーク性といってもいいでしょう。きょうご紹介したエゾシカも渡り鳥もヒグマもカワヤツメもコウモリも、そんな地域のユニークさを表すメンバーたちです。
 最後にご覧いただくこの写真は、中でもとっておきのユニークな存在。その名もウリウコウホネといって、雨竜沼湿原でしか見られない唯一無二の固有品種です。
 雨竜沼湿原という、これもまたとびきりユニークな環境の中で長い時間をかけて新しい姿に進化し、いまも進化を遂げている最中です。このことにいち早く気づいて、湿原の保全に全力を尽くしていらっしゃる「愛する会」のみなさん、それを支える町民のみなさんは、まぎれもなくこの地域の生物多様性の守護神です。
 深い敬意を表しながら、私のお話はお終いにします。ありがとうございました。


2013年8月13日にウェブに掲載しました。(C) 2013 Hirata Tsuyoshi, All rights reserved.

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